チベット波動ヒーラー養成講座:第五回を終えて
いつもお世話になり感謝しております。

愛を語るときも親友とケンカするときも
言葉はいつも私の想いを正確には伝えてくれませんでした。
そんなことを学生時代は考えたものです。

おそらく自分自身との会話(内省)においても
経験から得られた言葉しか使用できないため、
経験から抜け出すことはできなかったのでしょう。

○○をすることは良いことで、○○をすることは悪いこと。
そうやって私のマトリックスは作られました。

私は心を良いこと(心持ちの良いこと)へ向かわせることで
(方法としては嫌なことも楽しいように考え直したり、きっと将来うまくいくと強く考えたり)
より多くの悪いことは良いことへ変換することが出来たのです。

でも「良いこと悪いこと」のマトリックスでは
二者択一 → 善悪の判断 → 自虐感情 or 相手が悪い から抜け出せず、
抜け出す方法は・・・自分は自分で相手は相手といった考え方で
つまり自分が良くなり・・・相手も良くなればいいじゃない・・・と。

乏しい思考感ですが、そうやって相手を認めながら自分の人生を自分自身で切磋琢磨してきたのでした。


さて、今回の授業は・・・

世の中には2つのものがあって、 「私」と「それ以外」。

「私」と「それ以外」が何の違和感もなくやっていくことは「すばらしく良し」とされている。
(おそらくそれに関しては抜群のセンスをもっています。でも違和感が芽生え成長し先生の講義を受けている)

「それ以外」が所有している情報をインプットされた「私」は「それ以外」とイコールでもある。
「私」と「それ以外」を分けて見るためには「それ以外」から離れてみる事しかない。

さもなければ「それ以外」によって「私」が形成され、
形成された「私」は「それ以外」を不思議がることなくさらに作る。

「それ以外」と「私」を切り離して得られる違和感を知ることで「ほどけてくる」。

かつて「私」が「それ以外」から影響を受け「私」は「それ以外」の見方で「それ以外」を観る。
それが「私」の世界観で「私」にとっての真実。

ならば「ほどけた私」になれば「それ以外」を自由に観ることが出来るのだろう。
善悪も「それ以外」から与えられた呪縛。
呪縛を解きほぐし「私」を再構築することが人間に与えられたご褒美なのではないかな。



「ほぐし方」

クリスタルマンダラで得られた私は「四角大好き安定第一のガチガチ人間」と判明しました。
「当たってる。。。」

自由を求める一方で固くライフプランを立てていく。
どちらかに偏っては今の日本で幸せを感じながら生活することはできません。

生活基盤はありつつ「私」の解体を進めて「自由な私」を目指す。
これが今風のスタイル「ナウイ」。

「私」は「親」からプログラムされ「親」は「そのまた親」からプログラムされ・・・
「そのまた親」から・・・の連鎖の始まり、
日本の始まり、良い悪いの始まりの発見。

「儒教とは何か(加地伸行)」をみるとじいちゃんばあちゃんからの話が載っています。
そうなのです。私はこれなのです。
「そうか、私は儒教によってプログラムされているのか。私自身の生まれ持った考え方ではないのだな!」
と気付きました。

こうやってひとつひとつ見つけていきます。
もちろんチャンスがあれば「ここ」から抜け出す旅行にも。

1=2=3=4
ピラミッドは思考法。
重要なのはそういう事。

今回の先生の話を聞いて持ち帰った話は
こんなもんでした。。。


今日もいい日に
               By K