チベット波動ヒーラー養成講座:第二回を終えて

今までのところは理解でき納得しているのですが、
まだまだ先が見えてこないのが正直なところです。

まだ2回目なのだから・・・段々と。
自分に言い聞かせています。


カルマの考え方



従業員より多くの給与を頂いていることに不公平を感じていました。
それを肯定する考え方をあれこれ探していました。

「カルマ」の考え方は私を救い、そして従業員を救ってくれます。

「カルマ」の概念があれば相対的に捉えることはなく、絶対的に人生に取り組むことが出来ます。
つまりベストを尽くして人生を生きることが出来るでしょう。

なんと素晴らしい考え方だろうと・・・光に照らされたおもいです。

人生は平等であり、不平等は人間の作るマトリックスの中に。


馬と手綱と私と私



私が欲するものは
「誰かが私に良きものとして植え付けたものであり、考え方である」となる。

だから私の欲しいものではなく誰かが欲しいものを私が欲しいと思っていることになる。
酒も女もお金も名誉も。

では私は一体何が欲しいと思っているのだろうか。

そこでうっすらと出てくるもう一人の私。
彼に会ってみる価値があるのではないか。

先生の授業は展開していきます。

理性という手綱を外して、感覚器官を遮断して、
深く瞑想に入ったなら出てくるのかな。
出てこないのかな。

もう一人の私が欲しいものは、この世の私の欲しいものでないかもしれない。
一致するかもしれない。
新しい選択肢が出てくるかもしれない。

そんなことより会ってみること以外にはどんな議論も意味を成さないだろう。

「自分の体験こそが私の真実」
これを信じて今は気功に夢中です。


まんだら



「みんなちがって、みんないい」

分かっていましたが、分かっていませんでした。

多くの人も分かっているが分かっていない。
かもしれない。

「カルマ」の概念を取り入れた平等を理解したら
曼荼羅を綺麗にみることができました。

それぞれがそれぞれのポジションを精一杯に生きること。

一如な世界の形成を感じました。

私は私にできることを精一杯。

月指す指は切り捨てよ



先生を選んでよかったと思った瞬間です。

ひとりひとりが自分の足で歩き、時には手をつなぎ時には声を掛け合い
そんな風景を思い描いて進んでいました。

おんぶでは達成感は得られない。
解脱もありえない。

そういう仲間ならたくさんいても楽しそう。

気功(玉ころ遊び)



結果を求めずに行為を喜びとして。

これがなかなか難しい。

気を感じられているかどうか毎日考えていました。

今回も気功をご一緒させていただいて、「これでいいのだ」と確信を持ちました。
玉ころ遊びが特に楽しかったです。

自分にも(誰にでも)そんな能力があるのだと嬉しくなったのでした。

でも、気功の後はぼんやりした空気感の中にいたので音読が辛かったのを覚えています。


授業を終えた帰り道 
〜災い転じて・・・ではないかも〜



授業終了、扉を開けると暴風。
ANAからのメールは欠航のお知らせ。
ホテルに電話するもどこも満室。

紆余曲折ありながら浅草のホテルに宿泊。

「おん さるば たたーぎゃた はんな まんな のう きゃろみ」
この状況も何らかの意味が。

上野にある「ワイン厨房 たまや」は妻と一度だけ行ったことのあるお店。
もう一度行きたいねと話していたこともありタクシーで向かいました。

お店はいっぱいの人だかり。
外は暴風だというのに東京は人がたっくさん。

地下に一席だけ空きが。
そこに座って「本日の前菜の盛り合わせ 」とワインを。

ワインは詳しく知りません。
ただ自分に合ったワインが好きというだけ。

想い出の味はなつかしくておいしく、ワインを引きたててくれました。
ワインはグラスで3種類、どれもど真ん中のストライクでした。

ところが、始終違和感が付きまとうのです。

もちろん不愉快ではなかったのですが愉快ではなかった、という
曖昧な微妙な感じが残ったのでした。

例えるならば野性的な臭みをワインの後味に感じたのでした。

とはいえ、ほろ酔い気分で気持ちよく店を出てブラブラと歩くことに。
沖縄の桜は1月に咲きますがソメイヨシノではありません。

東京の桜にうっとりながらホテルへ向かうと、
桜は桜でも桜色の看板に関心が惹かれます。

「(色)気」は学ばなくても感じるらしい・・・。
まったく自分の欲に滅入る気持ちであります。
正直というか、情けないというか、今回ばかりはそんな自分に肩を落としました。

御釈迦さんが幻滅したように早く幻滅したいと強く思ったのを鮮明に覚えています。
・・・でも行きませんでしたよ!
あっちの桜まで早走りで行きましたから。


まとめ



今の関心は「気」を感じること。

能動的想像から始めて手綱を外すことです。

言説不可得。


今日もいい日に。



               By K