ルンビニの旅・1
2009年8月

2600年前、ある一人の男の子の誕生が・・人類の運命を変えた。

名づけられた名前が「ゴウタマ・シッダールタ」

生まれた場所が、いまのインド・ネパール国境の町:ルンビニ。

この子は後に釈迦族の聖者(シャカ・ムニ)となる。

釈迦牟尼の母親マヤは、ピッパラの樹の下で産気づき、
枝につかまりながら右のわき腹から男の子を出産したという。

ここはタライ平原の広がりの中に水田が果てしなく続く、緑豊かな田舎町だ。

         

1995年、この地を訪れたとき、私は山好きな中年男だった。
ガイドの「ウパ・タマン」とネパール各地を旅行していた。

ルンビニの出生の樹の前で、ガイドはどこからか持ってきた線香を点け、
嬉しそうに樹の周りを回り始め、何事かを呟き始めた。

長い祈りの姿を見ながら、私は祈りの儀式を何も知らない恥ずかしさを感じていた。

「ここは、私のような男の来る場所ではない。」

土地の神が私にささやいた。

熱心に祈る彼が・・・うらやましかった。


それから14年がたった。
今回は真言宗の阿闍梨として、黒衣に輪袈裟で洒水加持を行い、
理趣経の祈りをあげることが出来た。

祈りの後、アショカ王の円柱をお参りしていると、ピッパラの樹の下では、
ルンビニに住むスリランカのお坊さんが読経と冥想をしていた。

         

彼との会話を楽しんでいると、樹からリスが顔を出した。
この土地の神に迎えられている。
その思いが昔の痛みを癒してくれた。

         


釈迦の教えは南に伝わり、小乗仏教(テーラワーダ)となった。

ネパー ルに来る途中、タイのバンコクでは「ワット・ポー寺院」をお参りすることが出来た。


仏教の起源はヒンドゥー教にまで遡る。

バンコクのエアポートでは、ヒンドゥーの教え、ビシュヌが中央に立ち、
阿修羅と神がナーガを引いて、乳海を攪拌する世界創造の物語が表現されていた。

     


ネパールの首都カトマンドゥに降り立つと直ぐ、インドのヒンドゥー僧侶がいる「パシュパティナート寺院」がある。

カトマンドゥの人々はここで、ガンジス川のほとりと同じ葬送の儀式を行う。
川に沿った火葬場は上流が貴族・金持ちカーストだ。

まさか・・地獄の沙汰も・・金次第・・じゃないよね〜?

     

遺体の足はガンジスに繋がる「バグマティ川」に漬けられて、末期の水となる。
左下では、葬儀の人が「あの世に持っていく投げ銭」を拾っている。

拾っていいのか〜い?

     

右奥にある白い建物は、死を待つ家。
ここに連れてこられて帰った人はいないとも言う。

     


輪廻を信じているヒンドゥー教の葬送は意外と明るい。
その川のそばには、ミルクしか飲まない行者「ミルク・ババジ」が住んでいる。

     

ミルク・ババジは20歳のときより行者になり、
55歳のときより20年ほどミルクしか飲まずに今でも生活し、
アメリカなどに布教の旅に出かけている。


川の周辺には、多くの行者が現世を捨て「ドラッグ」を吸っているのか、冥想しているのか・・

ボーっと・・している。