愛情の対象としての女性性の否定は、妻なる女への否定であり、
キリスト教社会では母なる女・マリア(処女)しか認めなかった。
この性に対する強迫観念は、どこから来たのだろう。
女性は処女(幼女)・熟女(妻)・老女(母)と変化する。
キリスト教社会はアダムを誘惑するイヴの魅力を否定し、
処女のマリアを崇拝してしまったのだ。
このような性の抑圧が、謹厳実直な理性による支配体制を生み出し、
他者を否定する暴力的な正義感を醸成させたのではないだろうか?
ある深層心理学者の説では、私たちはもともと両性具有だった。
しかし受肉してこの世に出てきたときに、肉体はどちらかの性しか持つことはできない。
そこでかって、一つであったもう一人の自分を求めて、異性を求めるというのだ。
それこそがソウルメイト(魂の伴侶)なのだ。
イエスは上向きの三角形(Λ・男性性)マリアは下向きの三角形(V・女性性)、
この二人の聖婚(ヒエロ・ガモス)が六芒星(イスラエルの国旗・ユダヤ一族)なのだ。
マグダラのマリアが妻であることを無視することによって、この三角形は統合されることなく、
権力を頂点とする三角形の支配体制が2000年間続いてしまった。

その男性性の支配が2000年にわたって続き、出来上がった社会が今の時代だ。
大地母神の住む自然は破壊され、戦争は止むことがなく、競争社会はストレスと争いを生む。
人間は時代とともに進歩しているのだろうか?
そのような「進歩史観」は間違いではないだろうか?
便利になることばかり求めて、実際はとんでもない世界を作り出している気がするのだが?
でも大丈夫・・・その時代が、世界が、そのパラダイムが、いま・・・崩壊し始めている。
男性性とは、うお座の象徴であり、論理・法律・言語などの右脳の支配体制なのだ。
そしてこれから来る女性性の時代、みずがめ座の時代は、
感性・愛・情念の左脳の時代になるのだろう。
アメリカ大統領でさえも・・女性が支配する時代が来るのだから。