大地母神(グレートマザー)を求めて
マグダラのマリアと聖杯


「なぜ聖職者は独身主義を貫かなければならないのだろう?

キリスト教・教会は夫婦間の愛の営みに対し罪深い行為と考えるのだろう?

夫婦間の性交渉に関するゆがんだ意識が、イエスとマリア、ヨセフに関する
偽装の歴史(性交渉なしに妊娠する)が生じたのではないだろうか?」

アメリカの聖書研究家・マーガレット・スターバードは
「マグダラのマリアと聖杯」の中でこう問いかける。

すべての歴史は・・・勝者の歴史になる。
勝者によって歴史は作りかえられる。
キリスト教の歴史もみずがめ座の時代になり、多くの訂正が求められている。

ダヴィンチコードの物語
ヒエロ・ガモス(聖婚)


聖都エルサレム周辺の土地を世襲するベニヤミン族の娘に生まれたベタニアのマリア
(マグダラのマリアと同一人物)は、ダビデ族の子孫イエスと秘密裏に結婚していた。

マグダラのマリアがイエスに香油を注いだという新約聖書のシーンは、
ユダヤの王族たちのヒエロ・ガモス(聖婚)を暗示している。
当時はローマに支配されていたから、王族の結婚は隠さなければならなかったのだ。

エジプトのコプト教会にある絵には、イエスが十字架にかけられ槍(男性性)により一突きされた時、
その聖なる肉体から流れ出した血を聖杯(女性性)で受けている天使が描かれている。

その十字架にしがみついているのがマグダラのマリア。
左で頭に布をかけ泣いているのが母親マリア。
右側にいるのがベタニアのマリア(ラザロの妹=マグダラのマリア)なのだ。

           

マグダラのマリアはこのとき妊娠していた。
王家の血筋(サングラアル)は、迫害を逃れエジプトからフランスに渡り、
現地の貴族と代々秘密裏に結ばれ続けた。

この信仰は聖杯伝説や黒いマリア(聖母)として
南フランスの人々に受け継がれてきている。

ダヴィンチコードでは、司法警察暗号解読官ソフィー・ヌヴーが
イエスの血を受け継ぐ女性(聖杯・V)であり、
シオン修道会がこの血筋を守るために活動しているとしている。

妻としての大地母神の喪失


愛情の対象としての女性性の否定は、妻なる女への否定であり、
キリスト教社会では母なる女・マリア(処女)しか認めなかった。
この性に対する強迫観念は、どこから来たのだろう。

女性は処女(幼女)・熟女(妻)・老女(母)と変化する。
キリスト教社会はアダムを誘惑するイヴの魅力を否定し、
処女のマリアを崇拝してしまったのだ。

このような性の抑圧が、謹厳実直な理性による支配体制を生み出し、
他者を否定する暴力的な正義感を醸成させたのではないだろうか?

ある深層心理学者の説では、私たちはもともと両性具有だった。
しかし受肉してこの世に出てきたときに、肉体はどちらかの性しか持つことはできない。

そこでかって、一つであったもう一人の自分を求めて、異性を求めるというのだ。
それこそがソウルメイト(魂の伴侶)なのだ。

イエスは上向きの三角形(Λ・男性性)マリアは下向きの三角形(V・女性性)、
この二人の聖婚(ヒエロ・ガモス)が六芒星(イスラエルの国旗・ユダヤ一族)なのだ。


マグダラのマリアが妻であることを無視することによって、この三角形は統合されることなく、
権力を頂点とする三角形の支配体制が2000年間続いてしまった。

         

その男性性の支配が2000年にわたって続き、出来上がった社会が今の時代だ。
大地母神の住む自然は破壊され、戦争は止むことがなく、競争社会はストレスと争いを生む。

人間は時代とともに進歩しているのだろうか?
そのような「進歩史観」は間違いではないだろうか?
便利になることばかり求めて、実際はとんでもない世界を作り出している気がするのだが?

でも大丈夫・・・その時代が、世界が、そのパラダイムが、いま・・・崩壊し始めている。
男性性とは、うお座の象徴であり、論理・法律・言語などの右脳の支配体制なのだ。

そしてこれから来る女性性の時代、みずがめ座の時代は、
感性・愛・情念の左脳の時代になるのだろう。
アメリカ大統領でさえも・・女性が支配する時代が来るのだから。

エジプトの大地母神・神話


エジプトでは妻であるイシス女神が、殺された夫・オシリスの身体を拾い集めて、
我が子ホルスを身ごもるという神話があります。
拾い集められなかった性器をイシスは自ら作り上げました。

オシリスの肉体に生気を与えるため、イシスはオシリスの口元に聖なるアンクを近づけました。
この行為は永遠の生命が呼吸により、司れるという教えを暗示しています。
そしてまたアンクは復活するための性エネルギーにも関係しているのです。

     

写真はエドフのホルス神殿にあるハトホル女神です。
ホルスの妻は牛の女神でもある、ハトホル女神です。

彼女の豊かな乳房は、大地母神の象徴です。
エジプトでは母としてのイシスと妻としてのハトホルが明確に分かれているようです。

                   

エジプト神話が性を否定していなかったことは、
ルクソール神殿の女神と男神の聖婚のレリーフに描かれています。


二人は足を交差して掘りコタツのようなところに座り、
下には女官二人が控えて、足の裏からエネルギーを流しています。
古代のリフレクソロジー(レイキ)なのです。

           

性に対する抵抗感のなかったエジプトや地中海沿岸には、
聖なる娼婦(聖娼)が存在していた歴史があります。 

聖娼・神殿娼婦
――マグダラのマリアと聖杯より――


古代バビロニア・パレスチナなど地中海沿岸地域で広く信仰されていた
大地母神を祭る神殿に仕えていた巫女のことで、儀式として男性の信者と性的に交わり、
男女の結合によって相手を自己超越に導き、超自我(エクスタシー)の状態での
男性信者と大地の女神との神秘的な一体感をもたらす媒介者としての役割を担っていた。

俗世界における一般的な娼婦とは明瞭に区別され、聖なる存在として崇められていた。

天空の蛇と天に伸びる棒


聖娼が導いた世界は、チベットでは無分別智の世界といわれていました。

「この世で無分別(脱魂状態)状態になることは、睡眠中、くしゃみ、気絶、性的な絶頂のときである。」
とダライ・ラマ14世は述べています。

そのためにチベット仏教では、性的なヨガを実践していたのです。
それはクンダリーニの上昇として表されています。

男性性の真っ直ぐに天に向かって伸びている棒と、それに絡みつく蛇は男性性と女性性の統合の象徴です。

写真のホルス神殿・有翼の「天空の蛇」は西洋の錬金術、カドケウスの杖に変化したのです。

             


オベリスクの突き上げる姿も、男性的支配の象徴なのです。

そのエジプトのオベリスクは、パリやワシントンに運ばれて
支配の象徴・パワーシンボルになっているのです。

                  (手前はドニパトロ)
女性崇拝の日本の神話


あるとき姉の天照大神と弟の須佐之男の尊は、天の川を挟んで、宇気比(うけひ)をされました。
ウケヒとは受け日、受け霊(うけひ)なのです。

物質性の存在から、日や霊のエネルギーを受け入れることにより、高次の存在になることなのです。

天照大神が須佐之男尊(すさのおのみこと)の剣を口に含み、
噛んで噴出した息吹から三人の姫が誕生しました。

須佐之男尊は、天照のつけていた珠を天の真名井(あめのまない)の湧き水で清めました。
これを口に入れ噛み砕いた息吹から、次々と五人の子が産まれました。

深層心理では剣が男性性のシンボルであり、珠が女性性のシンボルです。
この行事は姉と弟が子供を生むことを暗示しています。

この神話は、性のおおらかさを教えるとともに、女性崇拝の日本の歴史を物語っています。
天照大神こそ日本のグレートマザー(大地母神)なのです。

仏教での女性・母・妻・娘?


それでは仏教での大地母神(グレートマザー)は誰なのでしょうか?

密教には母としての慈悲の観音菩薩(雌雄同体)と妻・恋人としての弁財天がいます。
弁才天はインドではサラスヴァーティーと呼ばれ水(オミズ)の神様です。

世界を支配している梵天は、娘のサラスヴァーティーの色気に目が眩み
彼女の子供をもうけてしまったといわれています。

また、ダディーチャという隠者が天与を見て射精し、その精液がサラスヴァーティー河に落ち、
息子を産んだという神話もあります。

弁才天は白鳥に乗り、裸身で琵琶を弾いています。
この白鳥の翼がVの形をして、聖杯の形をしているのは偶然なのでしょうか?

    


世界中の神話こそ、人々の集合無意識。
深層心理の歴史の記録(アカシック・レコード)です。これを読み解くことにより、
人間性の核心に触れ、未来を見つめることができるのです。

          

数々の神話を生みながら、ナイル川は今も流れ続けます。
この悠久の時間は、星と月と太陽の運行が作っています。

エジプト人はその時間を記録する知識などを、ピラミッドに隠しました。
「進歩史観」を捨て古代の叡智を探ることこそ、崩壊に向かう現代を救う、
唯一の方法なのではないでしょうか?