原型としてのタロット体験
ヨーロッパからインドに


2007年カモワン・タロットを習おうと、タロット大学というスクールに通った。

タロットを読み込もうと思ったのはこのときが初めてだった。
そして何気なくタロットを見たときの驚きが、今の私を支えている。
(0)数のない愚者

1972年。
25才のときに半年間の旅行をした。

夏にヨーロッパの山を登り、9月に中近東を歩き陸路をヨーロッパからネパールに渡った。
そして秋にインド・ネパールのトレッキングをした。

1ドル360円の時代だから500ドル(18万円)しか持っていけなかった。
円が両替できない時代が想像つくだろうか?

そしてその旅が面白くて、2年後に再び1年の旅を実施、
北アフリカに出かけ、ロンドンで皿洗いのアルバイトをして、英会話学校に通い、
夏にヨーロッパアルプス・マッターホルンなどに登った。

(1)手品師    

1974年。
中近東・インド・ネパールで見た商品はそれまで見たことのない面白いものばかり。

商品には文化が付着している。
それがイスラム文化とヒンドゥー文化だった。

スペインに友達がいたのでベッドの下で寝泊りしながら、お金を稼ぐために
北アフリカのモロッコに行き、みやげ物を買い、
スペイン・マドリッドの(毎週日曜日に開かれる)蚤の市で販売した。

まさに、この絵の通りだ。
聞き覚えのスペイン語で必死に旅行客に日本から持ってきたカメラなどを売っていた。
この時代は、からだ以外の何でも売りたかった!?

(2)斎王

1975年。
日本に戻り、イスラム文化やヒンドゥー文化の本を読んだ。

旅は「知らないということを知った」経験だったのだ。

一年半の海外・異文化体験が、「日本人とは何か?」という今に続く永遠のテーマを与えてくれた。

このときに感銘した本が、「日本人とユダヤ人」イザヤペンダサン=山本七平だった。

日本に長くいると、社会(マトリックス)にアメリカ文化のフィルターがかかっていることが見えなくなる。
でも世界はこのようなものじゃないと確信した!!


(0)行動し、(1)金を稼ぎ、(2)考える・・この繰り返しが私というパーソナリティを作り出したのだった。

ひとつところにじっとしていられない、この性格は今でも続いている。

長期間、日本にいると、落ち着かなくなり、海外に脱出したくなるのだ!!


子供の頃


(3)女帝


人は誰でも母親から生まれる。
母親は無条件の(同一人物としての自己愛)愛を子に注ぐから、母親との絆を切ることは難しい。

マザーコンプレックスとは、そのような愛を注がれた子供の人格全体を覆ってくれる保護膜と粘液のことをいう。
包まれているうちは居心地がいいのだが、一旦脱ごうとすると、まとわり付いて脱げなくなっている。

甘えの構造を持った日本人にとっては、父親よりも母親との関係性が強いのだ。

(4)皇帝

子供には誰が本当の父親だかわからない。

父親は子供にこの社会での成功者になれという条件付きの愛を与える。
父親はこの社会のルールを身を持って教えているのだ。

でもそのような強い父親は、アメリカ人だけかもしれない。

ファーザーコンプレックスは、強い父親を演じているアメリカに多いのだ。
ブラッド・ピッド主演の映画「ツリー・オブ・ライフ」は弱い父親の日本人には理解できないだろう。
アメリカは男性性(弱肉強食・軍事国家)の国なのだから。

ボイン(女性性=整形=見かけだけ)とマッチョ(男性性=闘争心)の文化がアメリカなのだ。

(5)法皇

社会には両親以外にも権威ある人が存在する。

多くの日本人がそのことを知るのは学校に行ってからだ。
社会(マトリックス)で生きている父親も母親もこの権威の聴衆なのだ。

明治時代は、この法皇が天皇であった。

でも今は法皇は民主主義という権威に代わっている。
戦前よりも、制度が良くなったと人々はみな思っている。

とんでもない!!

実は同じ支配制度(官僚支配)のシステム変更に過ぎないのだ。
法皇は、見えない権威(マトリックス)いう政治システムの象徴なのだ。