日本崩壊は
光の戦士を生み出す
無意識(本当の心)は言葉で表現できない

子供のころは病院通いで、5歳のころに喘息気味になり千葉県松戸市に引っ越しました。
祖母は長男である私を溺愛しました。

ところが小学校に入るころ次男が誕生し、祖母や母親の視線が自分から下の子供に移るようになりました。
そのうちに学校も退屈になり、学校に行きたくないために、病気を装いずる休みをしていました。

今から思えば母親の愛が次男に注がれているのを取り戻したかったのです。
祖母が「お兄ちゃんは弱いから。」という言葉を鵜呑みにしてきました。

最初はお腹が痛いといって休んでいたのですが、そのうち本当に痛くなってくるのです。
祖母や親が心配してくれるのをいいことに原因不明の腹痛に安住していました。

あるとき病院の精神科につれていかれました。
そこで自律訓練法を学びました。

「痛いと思うと痛くなる」メカニズムが心の中にあると気付きました。

本当の自分の心は簡単に見えるものではなく、無意識の中に潜んでいるようなのです。

だから本当の心は言葉では表現できないのです。

タナトス・死の衝動

つまり人間は意識(理性)が身体を動かしているのではなく、
無意識(魂)が動かしているのです。

深く心を観察すればその無意識がわかりますが、普通には理解しかねます。
自分の身体を痛めつけたくなる無意識もあるのです。

心理学ではこの心をタナトスと呼びます。
タナトスの反対語はエロスです。

エロスとは愛のことであり、プラトンは肉欲から始まり、愛の上昇の種々の段階を説き、
最高の純粋な愛は美のイデアに対する憧れとし、哲学的衝動を意味すると説きました。

いわゆる理性的な衝動です。

タナトスはこの生の本能に対して、死の衝動と考えられています。

この二つの心が陰陽になり無意識の心を統御しています。
そして個人の心の延長が社会の現象なのです。

現代はタナトスの力が増している時代になっています。

多くの借金を抱えた経済社会は、自らその崩壊を望みます。
個人であれ国家であれ!! リセットしたいのです。

それは作られたマトリックス(経済組織社会)が崩壊しかかっているということです。

マニュアル化で伝えられないこと

先日、尼崎列車転覆事故の現場に供養のため訪れました。
線路の脇にテントが張られ焼香台が用意され、JRの担当者が10名ほど整列し、
カメラマンが4・5人いるだけで周辺は元の日常性を取り戻していました。

尼崎の駅からタクシーに乗ると「いや〜130キロも出して急がなくても良いのにねー。」
と運転手さんが語っていました。
事故の原因は運転手個人の責任なのでしょうか?
JRの管理体制の責任なのでしょうか?

事故後の報道で気付いたことがあります。
ベテランの運転手さんがブレーキをかけると、車両の込み具合(乗車率)がわかるというのです。
乗客が多いときには思ったよりも前に進んでしまいます。
軽ければ手前で止まってしまうでしょう。
この運転感覚は容易に伝えられるものではありません。

先日、免許を取って3ヶ月目の息子の運転で、高速池袋線を走りました。
息子は曲がりくねった高速道路をためらいなく運転していました。
そこで私はカーブを高速で曲がるときは「スローイン・ファーストアウト」だよと指示しました。

加速して曲がることにより駆動輪に重力がかかり安定するのです。
その際ドライバーはハンドルしか触っていなくても、四輪の動きに意識をおいているのです。
横Gがかかる感覚と駆動輪が道路を捉える感覚を、意識しながら運転しているのです。

ところが運転歴30年の妻にはこの感覚がわかりません。
何度も注意するのですが、そのうちに怒り出して
「うるさいー!!そんなこと言うならあなたが運転しなさい!!」となってしまいます。

空海はこんなとき

「聖人の薬を投ること機の深浅に従い、賢者の説黙は時を待ち、人を待つ。吾いまだ知らず。
 言うべきを、言わざるか・・・」と言うのです。

「相手の理解力を見て、そのレベルにおいて正解の言葉を投げかけなさい。
 賢い人は相手の理解が向上するのを待って説明するのです。
 黙っていることも時には必要なのです。」と言います。

どうも私は言い過ぎて反感を買ってしまうようです。

言葉の能力を信じすぎて、他の伝達方法や、黙することを選べないのですから。

マニュアル化することで見えなくなったもの

JR西日本では人員削減があったため30代40代の社員が少ないそうです。
かつての日本は言語において伝えにくい技術を、職場ではなく酒場で伝授していたように思えます。
年齢層が離れすぎると、酒場に行って伝授する機会も失われがちになるのでしょう。

マニュアル化が進んでしまった現在の文化は、技術の普及化を目指す文化です。
このような文化の中では、職人芸としての技術の伝承は難しいのでしょうか。

大量生産社会はマニュアル化できないものが貴重であることを忘れてしまったようです。

マニュアル化以外の伝達方法

「真実は言語化できない」という考えが真言密教の思想です。

天台密教の最澄は空海にお経の借用を申し込みました。
最澄は筆授(書き写す)することで理解できると考えていたのです。
「密教は体験しなければわからない。」そう思っている空海は、最澄の依頼を断ってしまいました。

では言葉でなければどのようにして、先生の体験によって得た感覚や考えを理解するのでしょう。

浄土真宗の祖、親鸞には身の回りの世話を焼く、唯円というお坊さんがいました。
唯円の書いた歎異抄は、親鸞の思想がわかり易く書かれ、明治時代に人々の注目を集めました。
唯円は親鸞の面授(顔を突き合わせて、さまざまな教えを受ける)の弟子でした。

チベット密教でもひとりの先生について何年もすごします。
より一層レベルの高い教えは、生徒の機の深いか浅いかを見極めて与えなければならないからです。

現代の社会は言語化(言葉で表すこと)で分かったつもりになっています。

本当に分かるということは、身に付けるということで、
身についているかどうかを先生が普段の会話のうちから探るのです。

論理によって右足と左足を交互に動かすと自転車が動くと知っていても、
自転車に乗れるとは限らないのです。

密教では身体世界(感覚世界=非マニュアル世界)と言語世界(マニュアル世界)
意識世界(イデア世界=理想世界)の三つが重なり合って、
ひとつの現象世界(三密世界)を作り出していると考えています。

マニュアル化された世界=
金銭の量で計るフラットランド

尼崎脱線事故の原因は、JR西日本と関西の私鉄各社との競合の厳しさが原因かもしれません。
しかしこのような時代に、JR西日本の上司と部下との心はどのようにしてつながっているのでしょう。

会社とは単にお金を得るための道具だけでなく、仕事をすることで社会に貢献できるという喜びがあります。
会社のために働けば、社会もよくなるし、会社もよくなるし、自分も楽しいという時代がありました。

しかし最近は会社が社会のためになっていない、
会社の利益のためにだけ仕事をしている状況が報道されるようになりました。
このようなときに会社のために必死になって働けるのでしょうか?

NHKに、プロジェクトXという番組があります。
日本企業が活躍した当時の社員がTVに出てきて思い出を話す「昔はよかった」という内容です。

ではなぜ日本企業は今、凋落傾向にあるのでしょうか?
会社に対する信頼、上司に対する信頼が揺らいでしまったからです。
当のNHKもその一人です。

ダイエーの中内功氏。西部の堤義明氏。
カリスマ性のある経営者たちが利益に走り、部下の信頼を失ってしまったのです。
経営者の言葉が建前であるとわかってしまったのです。

日本崩壊が光の戦士を生み出す

対談集「三世をみつめる」において ひろさちやさんは、
「このような日本が崩壊していることを喜んでいるのです。
 国家が崩壊するので国民が崩壊するのではないのです。
 金、カネ、かねの日本は崩壊したほうがいいのです。」と語っています。

そうなのです、日本人に「かね」以外の価値観がなくなっています。

精神性の高い人物、かっての武士は、いかに生きるかという思想(精神性)を持っていました。

国家の精神性は軍事と外交であり、物質性は経済です。

日本人は武士の精神を捨て、利のみに走る商人になってしまったのです。
その商人組織(会社組織=マトリックス=物質世界)がおかしくなっているのです。

マトリックスの崩壊はダイヤモンド(精神世界)の必要性を促します。
ダイヤモンドの精神性を持って活躍する人物を、密教では金剛サッタ(光の戦士)と言います。

金剛サッタは自分が神の分身であるということを知っています。
神意識、宇宙意識をもった存在です。

社会のモラルが崩壊する事件をテレビで見ながら、悲しんでいるあなた、
あなたも光の戦士(金剛サッタ)になる存在なのです。

意識世界(理想世界)に存在する大いなる存在(大日如来)は、
この世が架空であることを気付かせるために、この混乱を起こしているのです。

なぜなら、大いなる存在が我々すべてを創りました。
その存在が間違いを犯すことはないのです。

ですから、「すべてはうまくいっている」のです。