エベレスト護摩・2
4・チベット密教

世界にダライ・ラマ14世とチベット密教の教えが広がっています。

ここタンボチェ僧院でも、東京にやってきたことのある僧たちが温かく迎えてくれました。

みな日本語テキストの印を見てまねをしています。
「印を盗むな!!」と言いたかったのですが!!

本堂では、特別席をもうけていてだき、朝夕の勤行に参加しました。

5・子供たちのエベレスト

エベレスト街道は、生活の道です。
海外の登山客が、ネパールの生活臭漂う山村の中を横切って歩いていくのです。

       

学校は歩いて一時間から一時間半、9時ごろの登山開始のころ
男の子は紺の制服、女の子は赤いスカートに紺の制服で学校に二・三人の集団で向かいます。

残された未就学児童は、鼻をたらしながら広いロッジの庭で遊んでいます。

学校に行って英語が学べれば、ポーター(一日500ルピー=750円)ではなく
ガイドの資格(三倍の手当て)が取れるかもしれません。

6・ガイド


紅の豚:「飛べない豚は・・・ただの豚だぜ!!」

今回エベレスト護摩を成功に導いた最大の協力者はガイドの「ラム・カジ」さんです。
終始冷静にわれわれを導き、カラパタールまで連れて行ってくれました。

彼の素顔が宮崎駿氏の描く「紅の豚」ボルコにそっくりでした。
仲間たちはおそるおそる「紅の豚」にそっくりだね〜と語っていました。

豚というイメージが悪いので、彼にはいいませんでしたが、がっしりした体躯と丸い笑顔、
おかっぱの髪の毛が良く似合う「タフ・ガイ」でした。

      
         無事到着したカトマンドゥでの、お別れパーティー

      
       
                右にある白いカバーは、太陽光・湯沸かし器。
        これでジャガイモを茹でることが出来ます。
        最高の省エネルギー温熱器です。

7・人事を尽くして・・天命(好天)を待つ!!
 

エベレスト・トレッキンッグの難しさは、
(1)高度順応 (2)長期の登山  だけではありません。
(3)天候の影響  が最も重要になります。

このエベレスト護摩は2008年にも企画されましたが、カトマンズの飛行場で3日間・・出発便を待ち続け、
4日目に飛行機の飛んでいるアンナプルナ方面に目的を変更しました。

ところが4日目、2008年10月8日にエベレスト方向に向かった「イエティ・エアー」はルクラ飛行場に着陸する寸前
谷からのガスの発生で目標を失い、ドイツ人の登山客とガイド、飛行士ら20名あまりを乗せ山中に墜落しました。

私たちはアンナプルナ登山中にこの訃報に接しました。

今回は、(1)3800メートルのチベット仏教僧院での護摩、(2)5545メートルのカラパタールでの祈願、と果たせましたが、
最後に(3)亡くなった20名の慰霊のためルクラ飛行場のそばの慰霊碑にて慰霊の読経も行うことが出来ました。

        

そして戻って来たルクラ飛行場は、それまでの悪天候で400人からの登山客が待たされていたのです。

出発のときも、カトマンズ飛行場が霧のため飛行中止となり、3時間遅れで飛行場再開となりました。
また山はいつも午後から雲がかかって、有視界飛行の飛行機は飛べないのです。

11月19日朝にルクラ飛行場に着いた私たちは、20日10時発のチケットを持っていました。

       

19日、飛行場の回りには多くの欧米人がたむろしています。
久しぶりの好天で次から次へと飛行機が、ヘリコプターが着陸します。
大きな荷物を抱えた欧米人が飛行場の周囲を走り回っています。
戦場さながらの有様です。

長期滞留しているらしい欧米人の一人が、飛行場の窓に椅子を投げつけました。
ガードの警官がこれを制して、彼は逮捕されました。

皆イラツイテいるのです。

さて翌日20日の朝、快晴の朝を迎えました。
夜中にトイレに起きたとき夜空の満天の星を見て快晴の予感がしたとおりです。

9時から飛行場に並び・・・10時が過ぎ、12時が過ぎ・・他の会社の飛行機は来るのだが乗れません。
しかし午後2時にはC番のスタンプが押されたチケットを手にしました。

タラ航空の飛行機の4回目が私たちの順番です。

        

順番待ちをしている混雑の中に背の高いネパールの若者が、軍服の若者と入ってきました。
そして大声で「Rescue Heli・・to Katmandu $350」と叫び始めました。

帰国の便の迫っている、痺れを切らせていた人々が、彼にすがりつきます。
そして飛行機の出発ロビーから飛行場を横切らせて、軍服を着た兵隊たちが乗客をヘリコプターの発着所に導いていきます。

そうか、昨日の荷物を持って、飛行場の中をうろうろと移動していた人々は、このレスキューヘリに乗る人々だったのです。

しかし、軍隊なのに有料?
ネパールで350ドルは大学教授の3ヶ月の給料分です。
国の税金を使って、軍隊の中の誰かが稼いでいるのです!!
軍のヘリは30人は乗れますから、一回飛んで90万円の稼ぎです?!

椅子を投げつけた男の人の気持ちが、分かるような気がしました。

20日は午後3時で飛行機は飛ばなくなり、われわれもすごすごと同じホテルに戻りました。

21日の朝が来ました。
今日カトマンドゥにつかなければと覚悟を決め
「午前中に乗れなかったら、午後にレスキューヘリを頼むからね!!」と、350ドル(約三万円)の支払いも覚悟しました。

われわれの国際線出発便は22日、変更はききません。

さて・・また朝の9時から飛行場の前で待機です。今日も最高の天気。
飛行機が次々に到着し、人が次々に乗り込みさばけて行きます。
われわれの番も10:30にはやってきて、飛行機の前に立ちました。

やっと帰れる。

「カトマンドゥに戻ったら、風呂に入れる、上手いものが食える!!」
欲望が急速に膨らみます。

でもこのようにうまく行ったのも、天候という眼に見えない力のおかげです。

三浦雄一郎さんのところでの高度順応トレーニング、二年間の登山訓練、
そして修験道や滝行トレーニング、多くの実践の結果この成功があったのだと思います。

「人事を尽くして、天命を待つ。」

このコトバが実感として胸に響きました。