デ・ア・イ


仏教学者「ひろさちや」さんの本を読んでいたら、仏教は「デ・ア・イ」であるとの言葉がありました。

私は常々、仏教は日本語になっていないと思っていました。
中国語でやってきた思想が、漢字のまま使われていて、日本語化していないように思えたのです。

10年程前にネパールのコパン寺院で、英語でチベット仏教を学んだ時に
「仏教がこんなに面白いなんて!」と驚いたことがあります。

そこでは仏教の概念を体系化し、現代の用語によって解説していたのです。
それを今「ひろさちや」さんは行っているのです。


『デ』
デタラメ・無分別の智慧


「デ」はデタラメ、仏教は「人生はデタラメである」と教えているのです。

デタラメのことを仏教用語では「無分別智」といいます。

日本人の目に見えない神々(仏教・神道)との付き合い方は、お賽銭を通して見返りをよこす神々です。
または祈念すると見返りをくれる神々です。

神仏が金銭や祈る心の多少によって、祈願する人の言うことを聞くものなのでしょうか?
そうではありません。「デタラメ」なのです。

中国に「人間万事 塞翁が馬」の喩えがあります。

昔の中国に塞(さい)さんという、貧農のおじいさんが居りました。
あるとき飼っていた牡馬が逃げ出してしまいました。

村の人々が口をそろえて「農耕に使う貴重な馬が逃げ出してしまったなんて、お気の毒に、お気の毒に!!」
と噂していましたが、塞さんは
「いや〜、人生にはこんなものじゃよ!!」と気にもしていませんでした。

しばらくすると逃げた牡馬が、一匹の雌馬をつれて戻ってきました。
村の人々は「いや〜、運が良いですね、おめでとうございます。」
と口々におじいさんの運のよさを賞賛しました。

ところがおじいさんは「いや〜、人生にはこんなこともつきものじゃよ。」
と一向に喜んだ様子を見せません。
 
それからしばらくして、野生の雌馬を調教していたおじいさんの一人息子が
落馬して足を折ってしまいました。
村の人々は口々に「大事な働き手が足を折ってしまって、お気の毒に!!」と口々に噂をしていました。

しかし相変わらずおじいさんは「いや〜、人生なんてこんなものじゃよ。」と額に汗して、
息子の代わりに農業に精を出していました。

そのうちにこの村を治めている地方の部族が敵国と戦争をすることになり、
農民にも出兵の要請がありました。
村々の人々はいやいやながら、働き手である若者を戦争に送り出しました。

戦争は負け戦となり、多くの村の若者が帰ってきませんでした。
おじいさんの一人息子は足を折っていたため戦争に行かず、生き残ることが出来ました。

村の人々はまた口をそろえて「なんて運の良いことでしょう!!」と噂していました。
でもおじいさんは相変わらず「いや〜人生にはこんなものじゃよ!!」と一向に気にしていない様子でした。


私たちは目の前に起きる出来事に、一喜一憂してしまいがちです。
でも起きる出来事を自分人生の中に位置づけ、世間の価値観にとらわれずに受け入れることができると、
良い状況の時には驕らず、悪い状況の時には打ちひしがれずにいることができるのではないでしょうか

私たちは挫折を通してしか、学びを得ることができないのです。
そうするうちにこの世が仮想現実であり、真実の世界が別にあることが観えてくるのです。

中国の同じことわざで「禍福はあざなえる縄の如し」とも言っています。

善悪の二元論的思考法から離れ、無分別智(非二元論)を心がけてみましょう。
そうすると社会の価値観に縛られている状況から離れ、心の平安が得られるのです。

『ア』
アキラメ・他力



「アキラメ」は明らめると書きます。
「生を明らめ、死を明らめるは、仏事一生の大事なり。」と言います。

明らかにするとは、私たちの生死の背後にある力を信じることなのです。

高校野球の球児たちは、死に物狂いの練習をして甲子園に登場します。
監督は「負けるのは練習しないからだ!!」「努力さえすれば願いはかなうんだ!!」と叱咤激励します。
これは「努力信仰」という新興宗教を生み出します。

彼ら甲子園に立った人々の多くが、その後社会に出るようになります。
そして社会人として仕事をした時に、その仕事がうまくいかないと
「自分の努力が足らないからだ!!」と自分を責めることになります。

人生は運と努力の両方が必要なのです。

仏教で覚りを得ようとの努力も、最初は努力であり、
そのうちに努力をさせていただいている背後の力を感じるようになるのです。

背後の力のことを最近では、サムシング・グレートと表現するようになりました。
他力とは、「生かされている命」であるということを知ることなのでしょう。


『イ』
イイカゲン・中道


イイカゲンとは「良い加減」ということです。

あるとき、お釈迦様が断食の苦行をしていました。
当時の修行者は肉体の欲望を煩悩(worldly desires・社会的価値観)と考え、
煩悩から離れることが覚りを得ることであると考えていました。

私たちの心は、社会的価値観(煩悩)に薫習(くんじゅう/imprint--刷り込み)されてしまうと考えていました。
この喩えは大変強烈な印象を与えます。
悪い習慣によって心が燻製の肉のように、中まで真っ黒になってしまうと考えているのです。

だからこの燻製のような欲望の煙から離れなければならないと思い、
人々の住んでいない山や森の奥に避難(refuge)しようとしていました。

こんな極端なことをしないと、社会的価値観の刷り込みから離れられないのでしょうか? 
確かに、この社会に住んでいるとさまざまな洗脳に会い、社会的価値観を刷り込まれてしまいます。

チベット密教ではこの喩えを、「かごの中の鳥」で表現しています。

私たちは生まれながらにして、どこへでも飛んでいける、完全な光り輝く存在です。
それが親の言葉により、檻をかけられてしまいます。

檻はその当時の社会的価値観です。

「勉強しなければいけないよ。」
「お金を持つことが幸せだよ。」

・・・・多くの檻があります。
この檻を一つ一つはずすことにより、覚りが開けるのです。

あるとき釈迦は断食の苦行をしていました。
頬はこけ、あばら骨は浮き上がり死臭さえも漂い始めていました。
川に面して座禅している釈迦の前を、船が通り過ぎました。

船の上の船頭は、ギターを手にして歌を口ずさんでいました。
「♪ ♪ ♪おいらのギターは良いギター。(ギターの弦は)張り詰めすぎると切れてしまう。
 緩めすぎると音が出ない。ちょうど良いのがおいらのギター・・・♪ ♪ ♪」

この歌を聴いて釈迦は中道(middle way)の思想に目覚めました。
「肉体の欲望が悪くて、魂が良い!!」という考え方は間違っていることを。
 
苦行をやめた釈迦の前に、村娘のスジャータが通りかかり乳粥を供養しました。
仲間の修行者は、釈迦が供養された乳粥を食べている姿を見て、
「彼は修行を捨てた、臆病者だ」と噂し合いました。
ところが釈迦はそれから、ブッダガヤの菩提樹の下に座り長時間の瞑想の末に覚りを開いたのでした。

彼は「涅槃(nirvana・解脱)を求めて、はからずも(偶然)覚り(enlightenment)を得た」のでした。

弘法大師・空海は『無辺の生死いかんが能く断つ、ただ禅那・正思惟のみあってす。』

繰り返し転生して苦界にさ迷っている状態を断つには、
正しく深い思考法と禅那(ディヤーナ・瞑想)をすることしかない と述べています。

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