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翌日もフリータイムがありましたので、彼(マリオ・ガロ)の店に向かいました。
ちょうどお昼休みでしたので、山の上の教会に向かいました。
今回同行してくれたのはカトリックの信心を持つTさんです。
彼女が同行してくれたおかげなのか、山の上の教会は彼女を迎え入れるように、扉が開いていました。

中空に浮かぶ幼子イエスを抱いたマリアの姿が、影絵となり横の壁に映っています。
「マリア様は観音様だね、私にとっては。」と私が言うと、
「そうなの、でもみんなが観音様と言っている時に私にはマリア様に見えるの。」
「そうなんだよ、認識が世界を作っているから、母の慈悲イメージは与えられた文化の言葉になってしまうんだよ。
日本では観音様、欧米ではマリア様に!!」
またまた知識をひけらかす私でした。
昨日と同じカフェで一休みをして、山の下の教会に向かうと、ここも開いています。
感謝の祈りを終えて、橋の向こうの薬屋さんに向かいます。
今度は、店は開いていて、彼と一通りの挨拶をして、友人を紹介します。

カトリックであるというと大喜びし「メジュゴジュ・・・?を知ってるか?」などという発音をします。
わからないで考えていると、横にあった光の写真を取り出してきました。
日本ではマリアの顕現(メッセージを受ける)とは、ファティマの予言しか伝わっていませんが、
ボスニアヘルツェゴビナのメジュゴリエ村では、1981年から6人の子供の前にマリアさまが降臨し、
そこでは光の写真が撮れるのだそうです。

彼もそこに行って写真を撮ったら、光が写っていたそうです。
またやわらかい光の輝きが見える時もあるそうです。
24年にわたって1000万人が訪れているそうです。
その気エネルギーがあふれる光の写真を私のバックに押し込み、
マリアからのメッセージを友人に伝えるよう、彼(マリオ・ガロ)は私に依頼しました。
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