マリアはUFOからのホログラム・2

シンクロニック・ラインへの旅
インディー・ジョーンズ魔宮の伝説


    

「ここダマヌールにはシンクロニック・ラインが4本あり、地球のシンクロニック・ラインの中心です。
 他にはネパールのムクチナートが4本あるところです。」

この言葉を聞いて驚きました。
私はネパールムクチナートを中心に農業ボランティアをしている、近藤亨先生の会MDSAの会員です。

「これは大変なことを聞いた。このチベット仏教の聖地ムクチナートをダマヌールのように復興すれば、
 観光客が訪れる名所になる。ありがたい情報だ。」と思いました。

「シンクロニック・ラインのパワーは同じですか?そこを復興したいんだけど。」と質問しました。

「いえ、そこの聖なるものはイタリアに持ち帰りました。ここダマヌールが一番のパワースポットです。」

ダマヌール市民の日本人通訳Jさんは、強く私の意見を否定しました。
ネパール山奥の貧しい村の、何か聖なるものを持ち出してしまった人々に対して、
私のダマヌール観は一変してしまいました。
自分の視点が映画インディー・ジョーンズ「魔宮の伝説」のジョーンズ博士になってしまったのです。

最初は「聖なる場所に来た。」と思っていました。
ところが写真で見た人類の神殿と違い、ほこりっぽさやかび臭さに対して、身体が拒否反応を示すのです。
彼らが神殿を愛していない、唯物論の人々と思えてしまいました。

毎日の豊かな食事も、断食をするカトリックの国の聖なる空間とは思えませんでした。
ヒーリングに使う道具も、ほこりっぽく、わざと露出して中身を複雑に見せているようにしか見えませんでした。

    
団体活動の修行


これから参加する活動に対して、否定的な見方をして過ごすのはいやなので、
すぐに滞在中の目的意識を切り替えました。

すると、この事態も修行であると気づいたのです。
いつも単独行動の私には、団体行動という最高に難しい修行をしなければならないのです。

参加した多くの方々からいただいた言葉が私に対する聖なるものからのメッセージなのです。

中でも通訳のJさんの言葉は一番印象的でした。
ワインを飲んだせいでしょうか、語気が荒くなった彼女が
「死んだら阿弥陀仏になるなんて!!」と語りました。

愛した夫を長期の看病をして病気で亡くしたあとに、唯物論的なお坊さんから聞いた話が、
あまりにもおとぎ話のようで真実味がないと語ってくれました。

その後2年間も仏教の勉強をしたけれども満足せず、たどり着いた場所が
ここダマヌールだったようです。

しかし私の見解では、現在のパートナー・フェリーチェさんが講義で語った
「アストラルの世界にイルミネーションした人々がいる」は
「上位の意識世界(浄土)に神我一体境地(光の存在)となり、存在するひとがいる」と考えられます。

アミダとはサンスクリット語で「無糧の光」ということです。

チベット死者の書では、死ぬと光に包まれ49日の後に転生すると考えています。
ダマヌールではこれをイルミネーション(魂の光輝)と表現していました。

1930年に書かれた不思議な書、エメラルド・タブレットには次のように書かれています。

『すべてのシンボルは、真理へと導く扉の鍵に過ぎないのである。
 その鍵となるシンボルがあまりにも偉大なので、それをさらに超えたものは見ることができないから、
 真理の扉は開かれない。』
                            (エメラルド・タブレット・アトランティス人 トート著)

阿弥陀仏は真理を指し示す、シンボルに過ぎないのです。

アフガニスタンでイスラム教タリバンの軍隊が、バーミヤン石窟の仏像を大砲で破壊したことがあります。
彼らにとっては単なるシンボルを拝む人々は、姿のない神を冒涜している行為に思えるのです。

日本では道元禅師が「月(真理)刺す指は切り捨てよ!!」と語っています。
シンボルとしての指は、真理(上位のシンボル)が見えた段階で必要なくなるのです。

お坊さんの簡単すぎる説明で、仏教を離れていってしまう人々は彼女だけではないでしょう。
「もっとわかりやすく、仏教を知っていただくホームページを作らなければならない。」
というメッセージを彼女からいただきました。

またMさんには「しゃべりすぎる、知ったかぶり過ぎる。」とおしかりの言葉をいただきました。

「賢者の説・黙は人を待ち、時を待つ」と言っていながら自分では・・・と考えさせられました。
言葉では伝えられないことが、たくさんあるのです。

そしてKさんの「神様ごめんなさ〜い!!」は懺悔することの大切さと、彼女の純粋さと、
他力の教えのすばらしさを学ぶことができました。

旅行に参加された方々に再度感謝いたします。

マリアとの共時性(シンクロ)


このような修行も終わりに近づいた頃、トリノの聖骸布(せいがいふ)の教会を見学に行きました。
イエスを包んだ布の上に、彼の表情が浮き出ているのです。

荘厳な建築のカテドラールに入ると、静謐な空間に包まれます。
普通だと堅苦しくて嫌いになる私ですが、伝統の重みを快く受け入れることができました。

全員が聖なる空間でゆったりしたときを過ごしたあとで、
私は、ショッピングに出かける人々と別れ散歩に出かけました。

   

散歩の目標は来る時に見た、ポー河の畔です。
大学街を過ぎ、橋に近づくと正面にドーム状の建物があります。
教会の様なので橋を渡り、扉に近づきましたが開いていません。

やむ終えず、山の上に見えた教会(サンタマリア・デル・モンテ)に向かえば、街が見渡せるだろうと思いました。
緑の中を10分、展望台の横には15メートルほどのマリア様の像が立っています。
ここの教会も閉まっていて中に入れませんでした。
マリア様の像を見ようと近づいたのですが、修理の足場がかかっていて見えません。

        

「マリア様の顔、見たいですね〜。」

同行していたTさんに声をかけ、すごすごと坂道を下り橋のそばのカフェで一休みしました。

橋を渡り駐車場になっている広場の横を、商品を眺めながら歩いていました。
突然目に入ったのはマリア様のポストカードと、十字架のイエスと、陶器のマリア像。

お土産屋さんのような風情でしたので、店に入ろうと扉を引くと開きません。
中には誰もいないようです。

でもこのマリア様が欲しい!!

       

扉を叩いてみました。
中で物音を聞きつけて中年の男性が、開けに来てくれました。

「ギブ・ミー・ジス・ポストカード?」
話し出すと5枚ずつくれるといいます。

旅行に参加の皆に配りたいので、「もっともっと」と言うと、
ストック全部出してきて袋に詰めます。
20センチほどのマリア像も入れてくれます。

話している最中もお客様が来て、忙しい合間にこちらの言うことを聞いてくれています。

なんと200年続く薬局だったのです。
天秤ばかりや薬瓶が、錬金術師の時代を彷彿とさせるお店です。

さてお金を払う段になって、お財布を出すと、受け取ってくれません。
そこでマッサージオイルやクリームを頼みました。
そしてお金を払おうとすると「いらない。」と言います。

「祈ってくれれば、お金は要らない。」と言うのです。

その言葉を聴くと、私の目に涙があふれてきました。

この人に会うために、私はイタリアに来たと気づいたのです。
それも「マリア様の顔を見たい」と発言してから30分も経っていませんでした。

表層意識の世界で起きている出来事の奥に、何かもっと深いものが流れている気がしてなりません。