すべては神様がお創りになったもの

朝、山の端から上がる太陽を拝む時、空には朝の光を浴びた雲がたなびいていた。
雲は「バニラ・ローズ」に染まり、曙の到来を待ちかねていた。
「ほら、バニラ・ローズに染まっているよ。」

その言葉が赤であって赤ではない、イメージを喚起する。

太陽によって一日がアケル。
そのアケルという言葉が「アカ」になった、アカはまさに神の色。
日本でいえばまさに古代神話の中で天照大神として、恵みをもたらす神を表現している。

大日如来は、朝の太陽の力強さの象徴であり、阿弥陀如来は西方に沈む夕日の象徴なのだ。

太陽が沈んだ暗闇の中で人は火を発見した。火は人類に智慧をもたらした。
獲物を焼いて食べる。陶器を焼く。鉄器を作る。火は太陽とともに神の座についた。

そして人々は身体を流れる血が失われることで、生命が失われることを学んだ。
血のアカは生命の源になった。「太陽・火・血」のアカは神聖な色として人々を魅了し始めた。

一口にアカと言っても、あなたはアカをどれだけイメージできるだろう。

仏教の深層心理学「唯識」では「認識が世界を作っている。」という。
でも密教では「言葉が世界を作っている。」という。

言語概念世界(ロゴス・ワールド)なのだ。
もし言葉を知れば、あなたの世界は飛躍的に向上するのだ。

朱色(しゅいろ) 真朱(まほそ) 洗朱(あらいしゅ) 弁柄色(べんがらいろ)

赤銅色(しゃくどういろ) 珊瑚色(さんごいろ) 煉瓦色(れんがいろ) 樺色(かばいろ)

茜色(あかねいろ) 深緋(こきあけ)紅葉色(もみじいろ) 朱_(しゅふつ) _(そひ)

曙色(あけぼのいろ) 東雲色(しののめいろ) 紅(べに・くれない) 紅絹色(もみいろ)

艶紅(つやべに) 深紅(ふかきくれない) 韓紅(からくれない) 今様色(いまよういろ)

桃染(ももぞめ) 撫子色(なでしこいろ) 石竹色(せきちくいろ) 桜色(さくらいろ) 

桜鼠(さくらねずみ) 一斤染(いっこんぞめ) 退紅(たいこう) 朱華(はねず)

紅ウコン(べにうこん) 橙色(だいだいいろ) 赤香色(あかこういろ) 梔子色(くちなしいろ)

牡丹色(ぼたんいろ) 躑躅色(つつじいろ) 朱鷺色(ときいろ) 小豆色(あずきいろ)

羊羹色(ようかんいろ) 赤朽葉(あかくちは) 蘇芳色(すおういろ) 紅梅色(こうばいいろ)

黄櫨染(こうろぜん) 柿色(かきいろ) 黄丹(おうに) 萩色(はぎいろ) 臙脂色(えんじいろ)

赤丹(あかに) 洗柿(あらいがき) 暗紅色(あんこうしょく) 杏色(あんずいろ)

苺色(いちごいろ) 薄柿色(うすがきいろ) 潤朱(うるみしゅ) 鉛丹色(えんたんいろ)

オールド・ローズ ガーネット 黒柿色(くろがきいろ) サーモンピンク シェルピンク

シグナルレッド 洒落柿(しゃれがき) 宍色(ししいろ) 甚三紅(じんざもみ) 

蘇芳香(すおうこう) スカーレット チェイーピンク 長春色(ちょうしゅんいろ)

照柿色(てりがきいろ) 鴇浅葱(ときあさぎ) 鴇羽色(ときはいろ) 丹色(にいろ)

人参色(にんじんいろ) 灰桜色(はいざくらいろ) 肌色(はだいろ) 薔薇色(ばらいろ)

バニラ・ローズ 火色(ひいろ) 人色(ひといろ) ピンク フレッシュ・ピンク

紅柿色(べにがきいいろ) 紅樺色(べにかばいろ) ベビーピンク マゼンタ 蜜柑色(みかんいろ)

ローズ ピンク。

                 日本の色 吉岡幸雄 紫紅社より抜粋

友人に日本野鳥の会のメンバーがいる。彼と山に行って驚いた。
「小林さん耳を澄まして聞いて、聞いて・・・ヤマカガシだよ。あっ、今度はホオジロ。」

私は何度も山に行っていても、鳥の声の種類を聞き分けられない。
でも彼にとって、山は宝の山なのだ。

足元に咲く花も、私にとってはただの「青い花、赤い花」
彼にとっては「・・・・マツバシモツケ・イワカガミ」

宝の山だ!!

空海はこんな時
「医王(いおう)の眼には道に触れて、みな宝なり。
 解宝(げほう)の人は鉱石を宝と見る。
 知ると知らざると誰が罪科ぞ。」と言う。

名医が道を歩いていれば雑草も薬草であるかどうか認識できる。
鉱山師が石ころを見れば、金が含有していて金鉱石(宝)であるかどうか分かる。
その人が好奇心があって、探求しているかどうかは誰の責任でもない。(これをカルマという)

最近中国と日本の間で、反日運動や靖国参拝問題で揺れている。
でもこれは一面の事実に過ぎない。
「中国人」という言葉で、私たちはそれがすべての中国人を表しているように誤解してしまう。

かって共産主義者は「アカ」といってののしられた。
その「アカ」はこんなに差があるのだ。
戦後はアメリカで「アカ」狩りがあった。

差異を無視する思想は智慧からは程遠い無明の思想だ。
差異を知ることが智慧の始まりなのだ。

私たちは二元論に陥りがちだ。
簡単な思考法は、人を酔わせる。
善悪などないのだと仏教は言う。

ブッシュ大統領がイラクを悪の枢軸と名指しすることにより、
人々の心の中に悪のイメージが生じた。
でも戦争が終わって、悪のモトであった大量破壊兵器はなかったことになった。
だったらあの戦争は何だったのだ!!

こんなとき密教では「すべてはうまくいっている」という。
悪がはびこっているという認識は、神が全能であるという事を疑っていると言うことだ。

神に失敗はない。
失敗に見えるのは輪廻転生を信じていないからだ。

死は終了ではない。
始まりでもあるのだ。

今世で判断し体験したカルマを、来世で受けるのだ。
多くの人は苦しい体験をしないと、この世が仮想現実であることに気付かない。
そのために、気付きのために混乱(カオス)が訪れているのだ。

君たちはもう社会が、権力が、組織がマトリックスが腐敗していることに気付き始めた。
アカく輝く夜明けは近い。
その時にはすべてが輝いていることが分かるだろう。

だって、すべては神様がお創りになったものだから。