「秩父歩き遍路〜修行の旅」
参加者募集のご案内  

by『ドルジェアートまんだらや』

秩父観音巡礼


『ドルジェアートまんだらや』

「2016秩父歩き遍路〜修行の旅〜」のご案内

秩父観音巡礼(秩父札所三十四ヶ所観音霊場巡り)

日にち:2016年4月14日〜15日
*詳細は一番下に記載

春!今年も秩父観音霊場巡礼の季節がやってきました。
巡礼が初めての人でも大丈夫!
1日だけでも、途中からでも、OK !
それぞれの札所間は基本徒歩で移動します。
白衣で巡る秩父路
まずは形からでも
文化と伝統に触れてみませんか。


巡礼 俗と聖が交差する
俗は聖へと、生は俗なるものへと 依っていく

巡礼は一つの物語り(ストーリー)
物語りには始まり(スタート)があり、エンディング(ゴール)がある

宗教にも「ストーリー」があり、「スタート」と目指す「ゴール」がある。
宗教のゴールは「救い」であり、始まりは「苦」です。

あるストーリーでは「カルマ」という概念がたてられました。
日本ではカルマという言葉が一人歩きしてしまいました。
多くのスピリチュアルビジネスのシステムに利用されてきました。

カルマを「罪」だと思ってませんか?
カルマの法則?

「カルマ」もただの言葉
「カルマ」という言葉を使うのも(思考)また「カルマ」なのです。

どんな言葉かが重要なのではありません
どんな意味を与える(た)のかが重要なのです

だから言葉には力が宿るのです
言葉とは「霊」なのです
この肉体がたとえ滅んでも、言葉は生き続ける
言葉は「リーサルウェポン」なのです

言葉が意味を失っても「それ」はやってくる。
「それ」は「それ」
「それ」とは「体験」です。
「それ」は日々やってくる。
「それ」にどんな理由(原因)を名付けるか(意味づけるのか)で、各ストーリーに違いがでてくるのです。
そのストーリーをフィクション(信じない)とするか、ノンフィクション(信じる)とするかも。

あなたはどの言葉(プログラム)の中で生きていますか?

体験は経験に、
経験は蓄積し、
蓄積は認識をつくり、
認識は分別を生む。
分別は滅すべき煩悩

この世は分別で成り立っている
変化の中で生きている
私たち自身も変化する幻

分別は生のしるし
この世に生まれてきた意味
だからこそ生きた体験なのです。
肉体がある理由です。

人はある体験へと進む一方、ある体験を避けようとします。
それは動物である故の本能と、人であるが故の部分によって

人は体験を避けるために環境を変えようとします。
環境を変えられなければ方法を変えようとします。
選択肢の問題だと捉えるのです。
これもまた分別です。
分別はどこまでいっても分別なのです。

 それはまるで永遠を求め彷徨う迷い人のよう

巡礼とは文化と宗教が混ざり合うところ
この集合したものが民族です
どちらがなくなっても民族は語れない
巡礼とは民族の形
その民族をつないでいくものが伝統です。

「宗教」という言葉は「再び縛るもの、再びつなぐもの」が語源です。

伝統は変化しながら 変わらない「何か、それ」を伝えてく

生きた「体験」が「問い」を生み

明日に向かう勇気へと


南無観世音菩薩 念彼観音力    by Dorje Art Mandalaya 大海 記


秩父観音巡礼子地蔵


日にち:2016年4月14日〜15日
(一日だけの参加でもOK!、途中から参加もOK!、途中離脱もOK!)
参加費:一日あたり1500円
集合:14日に秩父駅 9:00(若干の変更があるかもしれません)
宿泊:各自で
(ご案内が必要な方は参加申込み時に聞いてください)
装束:白装束/白衣(お遍路スタイル)
*登山スタイル(荷物を全部持って歩きますのでザックがあるといいと思います)
持ち物:数珠・輪袈裟・線香・蝋燭・経本(観音経が載ったもの)、雨具、リュック
*現地までの交通費、現地交通費、食事、拝観料など関わる費用は各自
申込制:メールにてお申し込みください
dorje.singingbowl@gmail.com

*全て歩きで行います。山道も歩きます。
*現地での行動は全て各自の自己責任でお願いします
*レジャー保険や山岳保険など傷害保険は各自でお入りください
*2日では全て巡ることはできませんので、参加者の体力や天候などを考慮し相談の上当日の行程を決めさせていただきます