坊主ヘルパーとして生きる

by 泉天
お坊さんのいないお葬式


「佐々木さん(仮名)の旦那さん、亡くなったんだって!」

スタッフの言葉で、亡くなられた佐々木さんのおじいちゃんの顔が、目の前に浮かんできた。
私がこの施設に入る前から、この有料老人ホームに入居されていた。

部屋にうかがうと、泣いているおばあちゃんのベッドのそばに、錦糸で包まれた青い四角い遺骨の箱が置いてある。

「お父さん死んじゃったの。」

おばあちゃんが私を見て声をかけた。

お二人を介護しながら成長してきた私。
おじいちゃんと過ごし失敗しながら学んだのだ。

懐かしい私の記憶が思い出され、涙があふれてきた。
そして私もおばあちゃんと一緒に、泣き始めてしまった。

「昨日がお葬式だったのよ。お坊さんは立てなかったの。」とボソッとおっしゃった。

「エッ・・・オソウシキ?お経もないお葬式?」と心の中で呟いた。
「それって、違うんじゃない?」

しばらくして、私は般若心経を小声で唱え始めた。
唱えないわけにはいかなかったのだ。


輪廻する世界観


以前「まんだらや」で学んだ「DVD:チベット死者の書」で見た世界観は、魂(意識体)が輪廻し再生するという。

「このようなことが書いてある『お経』には、魂を癒す力があるんじゃないか?」と思っている。

お坊さんは要らなくても、お経ぐらい読んでもいいんじゃない?

今年の二月は特に亡くなる方が多いように思える。
介護の仕事では死は日常であり、感情移入しないように心がけている。
いつもならば淡々とこなす仕事も、長いお付き合いの方だと、心が揺らぐ。

「坊主が要らなければ、私が、ヘルパーが坊主になればいい!!《坊主ヘルパー》になる。」

このとき、私はそう思ったのだった。

《オムツの世話もし、魂を成仏させる坊主でもある=坊主ヘルパー》

この言葉が気に入ってしまった。


岩手の田舎に生まれて


岩手県はよく日本のチベットと言われる。
その岩手県の最奥の町、岩泉町に私は生まれた。

龍泉洞という洞窟以外に何もない。
大自然の中で育った。

「アー、アー」

宮沢賢治の擬音のように山は泣いているのだ。

「子供のころは声が聞こえて眠れなかった。」と最近になって発言したら、
妹にも山の声が聞こえていたそうだ。

ここでは出稼ぎに行く季節労働者が多く、唯一の楽しみが「牛の競り市」だった。

「こんな僻地に生まれて。」と小さいころは親を責め続けた。
高校に行っても「僻地生まれ」というのがコンプレックスになっていた。

でもバブルのときに金融機関に就職でき、東京のど真ん中で暮らすことが出来た。
やがてバブルは弾けてしまった。

仕事を探して、東京と田舎を行ったり来たりした。

そして大きなお金を失う事件が、私をずっと田舎に引きこもらせてしまった。  
二年間もうつ状態で過ごしたのだった。


きっかけは、ある親戚の人が置いていった宮崎駿の「もののけ姫」のビデオだった。

それからしばらく経ったあるとき、山道で大きな鹿に出会った。
何かを語りかけるように、ずっとこちらを見つめていた。

あとで、これが「もののけ姫」でいうところの「シシ神」だと気付いた。

でもそれから二年、いろいろな仕事をやっても続かないで、また田舎に戻っていた。

今度は道を横切る白い大蛇に遭遇した。
赤い輝く眼が印象的で、凄い波動が伝わってきた。

でもそのころは、「山の神様とよく出会うものだな〜。」となにげなく思っていた。

密教と、そして福祉美容師と出会う


東京にいた妹から、横浜で行っているスピコンというイベントに誘われた。

そこで高野山真言宗の阿闍梨である小林さんに出会った。
バジュラとお経とドニパトロの三大ヒーリングで、ネガティブなものが取れたように思えた。

そして「まんだらや」のホームページにある、般若心経や大祓祝詞を必死になって一人で唱えていた。
この修行により、田舎から出て立ち直ろうという力を得ることができたのだった。

そんな時、田舎からの引越し先を探し何気なく神奈川県の逗子に行った。

すると高野山真言宗の看板が眼に留まり、導かれるように境内に入っていった。
目の前には薄緑色の聖観音像が立っている。

その像が語っているのか「よ〜やく、来たな〜」
声が聞こえてきた。

野太い声が、観音さまか、それとも私のお腹の中からか聞こえてきたのだった。


私は身震いしながら、その声の意味を考えた。

「そうか・・・神はいつも私の中にいるのだ。」と確信した。

「このままじゃいけない。動かなければ・・」

そう思って、私は就職の難しくなった金融業界から福祉業界への転身を目指した。


違う業界の常識に馴れるのには苦労をしたが、「まんだらや」の仲間たちと
「峰中修行」や「滝行」や「那須護摩」をしているうちに月日が経っていた。

そんな、あるとき、美容室で「福祉美容師」という名刺をいただいた。
「休みの日には施設に行き、髪を切ったりしてるんです!!」

明るく彼女は名刺の秘密を教えてくれた。

そのときに私は「坊主・ヘルパー」のアイディアをいただいたのだ。

「趣味で修行する坊主、仕事でヘルパー。これは両立できるぞ!!あの世を知りながらこの世を生きる。」

そう思った。

目的のなかった人生が一変し「介護福祉士」を目指した。
そして2011年、今年の三月におかげさまで「介護福祉士」に合格することができた。


死を待つ家・老人ホーム


老人ホームは死を待つ家。

どんどん日常生活動作が下がっていく。それを向上させるのも仕事。

新人のころは、死を目の当たりにして動揺した。
しかし「まんだらや」の仲間たちの会話から、多くのことが学べた。


「死は怖いものじゃない。」

「この世が仮想社会で、あの世が理想世界。」

「死はお役目が終わって『おめでとう』なんだ。」


そう思えるようになったとき、亡くなった方々のお部屋で、お経を唱えることが出来るようになった。

「御主人を亡くされたおばあちゃんの側に、居てあげるだけでいいんだ〜。」と思えるようになった。

何も出来ないが、無意識の思い(真心)は伝わる。

誰かのコトバで支配された私


「まんだらや」推薦の映画マトリックスを何度も見た。

地球上ではたくさんのコードにつながっている。
両親、お金、仕事・・・がんじがらめだ。

私を縛っている、世間体という眼に見えないコード。

でも、不思議体験をした私は、見えない世界の力を信じていることが出来る。

そのことを人は統合失調症とか、幻覚、幻聴というかもしれない。
でも私は見えない背後の力を信じている。

背後の力はいつもメッセージを送り続けている。

これだけの不思議を見せられているのに、いままでそのメッセージを気付けない自分がもどかしくなった。

このときにそれを信じている、小林さんのような密教のお坊さんになりたいと思ったのだ。
やっと「得度したい。」と思ったのだった。

そして、なぜかその得度の日が3月18日だった。

2ヶ月前にはこの日は意味のない日だった。

ところが当日は、あの3月11日からちょうど一週間目。

岩手沿岸には実家もある。地震から三日後、無事のメールが届き安心した。
勤めている有料老人ホームでは停電や物不足も響き、辛い介護の日々が続いていた。


高野山の儀式を受ける


3月17日、五年ぶりに行く高野山。

極楽橋からケーブルを上がると、雪まみれの景色が現れた。
そして得度をする常喜院の奥は、雪に包まれた伽藍だった。

前夜、私の身体に異変が起きた。

腰と足とがパンパンに腫上がり、仲間たちにSOS。
レイキとアロママッサージで異変をしのいだのだ。

まだ私の心の奥に居るネガティブな存在が逆らっているのだ。

仲間たちみんなの協力で、この苦しみを乗り超えることが出来た。

前夜には、常喜院の本堂をお借りし「まんだらや」主宰で「東北大震災の慰霊式」が行われた。
多くの亡くなった方々の成仏をみんなで願ったのだ。

もう私の意識は自分のことだけではなく、被災者へ祈りで満たされた。

「お地蔵さま・・どうかこれ以上、東北の人を苦しめないでください。
 もう十分苦しんでいるのだから。頼みます。日本を守ってください!!」


解けた雪が流れて涙のようになった、常喜院のお地蔵さま。
そしてご本尊のお地蔵様に心から祈った。

「おん・かかかび・さんまえい・そわか」「おん・かかかび・さんまえい・そわか」・・・

         


そして翌日の得度のとき・・・・・・。

私の髪の毛を切るしぐさをして、住職が刃のない剃刀を私の頭に当てた。
すると「ジョリ・・・」音がした。

「エッ?」「コードが切れたの?・・何・・今の音は?」


昔からの儀式、ただの儀式かもしれない。

いや、そんなことはない、私の体感では改めて凄いことなんだと感じた。


「音が聞こえたのだ。」

畏敬の念が心の奥から生じてきた。

       

得度のときいただいた「泉天」という名前が自分へのプレゼント。
死ぬときの戒名。

東北の龍泉洞の泉と、筋肉モリモリの天部(帝釈天?)の天、
それともヘルパーとしてお仕事は天使の天。

両方の文字を合わせて、泉天(せんてん)。

坊主ヘルパーに最適の名前だ。

     


いままでは男のような筋肉質の身体(砲丸投げの選手)のコンプレックスが、
仕事に役立つと知ることができました。

そして東北が田舎だけではなく、都会にはない大自然の素晴らしさを持っていることを
知ることも出来ました。


そうなんです。みんな違ってみんな良い・・これが「まんだら」の意味なのです。

「それぞれの個性を尊重すればいい。」と気付いたのです。

いままで、修行を一緒に付き合ってくれた仲間たち、今回得度をご一緒した仲間たち、
そして小林阿闍梨、コーミー先生、高橋一天さん、雀雲さん、龍ちゃん、火球さん、ミカチャン・・
その他多くのご縁のある人々、このご縁に感謝します。

皆様とともに、私も生まれ変わりました。本当にありがとうございました。

すべてはうまく行っているのです。

            感謝!!感謝!!感謝!! ありがと〜!!

by 有料老人ホームへルパー 
鈴木恭子(泉天)