天津神と国津神
鹿島と諏訪


鹿島神社発行のリーフレット
「今よみがえる神話の世界」鹿島の神と諏訪の神(東日本大震災の復興に向けて)より抜粋


平成23年3月11日の東日本大震災。
国津神の神社である鹿島神宮には地震の予兆がありました。

3月4日、鹿島神宮から東に2キロの高天原の海岸に、52頭の鯨(カズハゴンドウ)が打ち上げられたのです。
住民は海に返そうとしましたが、22頭は打ち上げられたまま亡くなりました。
その一週間後に、この地震です。

わたしたち神主の考えでは、海の底の綿津見神(海を守る神)が使いとして、鯨を送ったと考えています。

少し前のニュージーランドの地震の時にも、鯨が海岸に打ち上げられたそうです。
しかし、残念なことにその時は、これが綿津見神からのメッセージであるとは気付く人が居ませんでした。

鹿島神宮の森には、地震を抑えるといわれる要石があります。

安政の大地震が起こった時に江戸時代の戯れ歌に

「揺るぐのに なぜに抑えぬ 要石 鹿島の神は 留守か寝たのか 」

と言われてしまいました。

        



国譲りの神話

天津神に守られた神武天皇は九州から東に向かい、大和に移り住もうとしました。
その時に大和を支配していた大国主の命(国津神)の息子、建御名方神は国譲りに反対しました。

そこで武力にすぐれた武甕槌神が建御名方神と争い、勝利を得て、国譲りが成立しました。
負けた大国主は出雲に祀られ、建御名方神は諏訪に祀られました。


諏訪大社のお札

東日本大地震で鹿島神宮の大鳥居や石灯籠62基が倒れました。
そして120キロもある屋根の上の千木も、外れて落ちました。

そして地震からちょうど一ヶ月した4月11日、鹿島の海岸に長さ1メートル30cm、幅20cmの
諏訪大明神と書かれたお札がたどり着きました。
調べると、岩手県陸前高田市の気仙町今泉の諏訪神社のお札でした。

神主たちは「親潮に乗って流れていた国津神(建御名方神)のお札を、
綿津見神(海を守る神)が今までの諍いなどを忘れて、助け合うように
鹿島の天津神(武甕槌神)に送り届けたのだろう。」と噂しました。

神主の見立てでは「地震を抑える神である私も、二千年に一度といえるこの大災害を抑えることはできなかった。
ナマズに問いただしたところ、この地震を起こしたのナマズではなく龍であったとのこと。
千木により神々と連絡していたが、いまは神々とも連絡できない。
諏訪に戻りこの大地震の様子を神々に伝えて欲しい。」と伝言しました。

そしてお札は、元宮である諏訪大社に戻されました。



東日本大震災は「大自然の驚異は人の想定では、到底及ばないものがある」との教訓を残してくれました。

人間の思いあがりをつつしんで、人生を歩みたいものです。


                 
                      ナマズと武甕槌神