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日本の歴史で、世界的にすごいところは、聖徳太子の存在(存在しなかったという説もあるが)が、
あったということだ。
権力の頂点にいる人間が、仏教という思想を理解し普及しようとしていたことが素晴らしいと思える。
「世間虚仮・唯仏是真」
The world is illusion, Buddha world
is real.
この世の価値観は幻想。(肉体を離れた)仏の世界こそ真実の世界。
でもその次に、聖武天皇が「東大寺」を「智識寺」として創ったことが、素晴らしいことだった。
聖武天皇は、「自分で命令して寺を作ることは難しくないが、みなで力をあわせて創りたい。」
として、勧進を始めた。
勧進とは:1・人々に仏道を勧めて善に向かわせること。
2・社寺仏像の建立のために、金品を募ること。
このために、「小僧」と呼ばれて政府から嫌われていた「行基」を大仏建立プロジェクトの先頭に立たせ、
民衆の心を仏教に向けることが出来た。
行基はそれまで諸国を巡り、民衆教化や造寺、池堤設置、橋梁架設などの社会事業を個人で(勝手に)行っていた。
その人気は高く、政府は反政府運動になることを恐れていた。
聖武天皇が智識寺(布教のための寺)を作ろうとしたのは、
藤原の血を継ぐ藤原不比等の子・四人が相次いで死亡したことが原因です。
怨霊のたたりに違いないと思った聖武天皇は、懺悔の意味を込めて、東大寺を創ったのです。
「死を思え=メメント・モリ」こそ、真理を求める原動力になるのでしょう。
皇后の光明子も藤原不比等の娘であることを恐怖し、悲田院・施薬院を作り貧民救済を目指したのです。
神奈川県・大山の大山寺を開いた「良弁」は、最初の東大寺別当です。
彼は二歳のとき桑畑で金色の鷲にさらわれ、東大寺の杉に大木の上に置かれていたのを、
猿に助けられ、修行を積み高僧になったという逸話の持ち主です。
いまでも、二月堂の下には、良弁杉が植えられています。
東大寺は華厳宗のお寺です。
華厳宗は、言葉で表せる最高の教えを秘めていると空海は考えていました。
華厳の教えである一即一切重々無尽(時間と空間は畳み込まれている)が、
大仏(毘廬遮那=宇宙仏)の蓮華座に描かれています。
現代物理学も、やっといまこのレベルに到達したのです。
それは観察者原理として、発見されました。
因縁生起・・・縁起の思想は、独立して存在するもの(我)などないという真実を、
今でもわれわれに語りかけてくれます。
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