私はこの夢で・・阿闍梨になりました。
アリゾナでの夢と気づき

私は2000年2月にマハーサマーディ研究会(ソニー常務・天外伺朗主催)のアリゾナ・ツアーに参加しました。
そこで出会ったネイティブ・アメリカンのセコイヤ・トゥルーブラッドさんのスウェットロッジに参加しました。

その晩、長時間の夢を見て・・その夢の中で泣き出してしまいました。
自分の泣き声で目覚めた私は、その夢を憶えていたのです。

当時は、村上先生(友人の心療内科ドクター)からお誘いを受けた「高野山真言宗の阿闍梨修行」を受けるかどうかで迷っていました。
「偉いお坊さん」にはなれないけど、修行してもいいのかな〜と思っていました。

        

夢の中で、私は種を植えていました。

そして種を慈しむように、ジョウロで水をかけて種の成長を楽しみにしていました。
種は樹木となり天にまで届くようになりました。

大きくなった樹木の周りをツタが絡まり、天まで伸びています。
大木の先は雲に隠れて見えなくなりました。

それでも私は、大きくなることを祈りながら水を木にかけています。

すると、知らない人が二〜三人、このツタを伝いながら、木を登り始めました。

「待ってくれ、これはボクの木だよ。登ろうと思って精根込めて手入れをしているのに!!」

彼らは見向きもせず登って行きます。

途中でツタが絡まっているところに来ました。
彼らは登れずに躊躇しています。

すると、雲の中から髭面の中年男の顔が見えました。
彼は下の人間に向かって細いくもの糸をたらしました。

登れなくなった人々は、くもの糸を見てすがりついたのです。

「あぶないよ〜!!」と私は大声で警告を発しました。

でも・・彼らには聞こえません。

所詮はくもの糸です。
簡単に伸びて切れてしまいました。

それと共に、捉まった人々は、この地上を通り越し、地獄の先に落ちてしまいました。

私は「自分で種をまき、水をやり、登山らなければダメなんだ。」

「なんでその原理がわからないの。」と思ったのでした。


そのとたんに野太い声で「お前のために・・このツアーは企画されたのだ。」と聞こえてきました。

え〜?私の気づきのために32人の人々が参加したツアーが主催された?

そう思ったとたん、感謝の心で一杯になり、涙があふれ、泣き出しました。

その泣き声がうるさくて目が覚めました。
ここはアリゾナのホテルの中です。

だからこの夢をすべて憶えていました。

            

それから、気づきが訪れました。

私は子供の頃「泣き虫ソウチャン」と呼ばれていました。
でも母親は、長男の私に「お兄ちゃんが泣いてはダメでしょ!!」としつけました。

そう・・私は泣き虫坊主のソウチャンだったのです。
それが母親の教育で、泣けない私に変っていたのです。

この時の涙が私を変えました。


偉い坊主なんて、私の勝手な思い込み(投影)なのです。

泣いてもいいんだ!!

母親のしつけ「プログラム」が外れたのでした。


世の中はどうしようもない出来事ばかりなんだから・・・・。
苦しんでいる人が来たら、答えが見つからなければ、一緒に泣いてあげればいいんだ!!

「それしか出来ないんだ。」と思ったのです。

それからは、他者(母親・父親・先生)の言葉で出来上がっていた私の自我が壊れ始めたのです。
自分の言葉で、考えることができるようになったのです。

この夢による内的な体験が、私を大きく変えたのです。

              

そして・・・あなたにも、今晩、このようなメッセージの夢が届きますように・・・・。

毎晩・・寝ることが、楽しくなりますよ!!

三浦半島でのスェットロッジ

その夢を見た年の秋、9月に「船井オープンワールド」に参加するセコイヤ・トゥルーブラッドさんとスェットロッジを、
天外伺朗さんの別荘地で開催することになりました。

この場所を下見に来た天外さんは、突然飛んできた海鳥に頭を撫でられたそうです。

その話をメディシンマンであるセコイヤに話したら、是非買うようにといわれ、
三浦半島のこの場所を1億円で購入したそうです。

そこは岬の突端。

車で2メートル幅の道を行くと両側が切り込んだ海に落ち込んでいます。
300坪ほどの船の舳先のような土地なのです。

スェットロッジは32個の岩を燃やしてテントの中に入れます。
その岩は、できれば溶岩のような岩が必要です。

私は火曜日に富士山入り口まで車で登り、溶岩を三浦半島に運びました。
そこではスタッフとセコイヤが待っていて、浄化の儀式を行います。

私は日本の方式で、塩を撒き金剛杵を使い般若心経を唱え、浄化の儀式を執り行いました。

その後、セコイヤがネイティブ・アメリカンの方式で祈りを捧げ始めます。

土地の片隅には電線が架かっています。
私の祈る時にそこには数羽の海鳥が並んでいました。

ところが、セコイヤが祈り始めると、電線に次から次にと海鳥が留まり始めます。
終わる頃には隙間なく鳥が並んでいるのです。

そして、儀式が終わりました。

鳥は一斉に飛び立ち、とたんに、曇っていた空から雨が落ち始め、豪雨となり敷地をぬらし始めました。
ネイティブ・アメリカンのシャーマンは鳥と話しをするのです。

その週の土日に行われたイベントは快晴の天気でした。

そしてスエットロッジに流れ込む、不思議な光の流れを撮影した写真は、
マハーサマーディ研究会のよき記念写真となったのです。