アカシックレコードって何?

アカシックレコードという単語を最近よく耳にします。

ゲリー・ボーネルという人はアカシックレコードに入って情報を取ってくるそうです。

彼の意見を聞きながら、密教のいうアカシックレコードと、
ボーネルさんのいう意見との差を考えてみましょう。

人類の集合意識は13000年ぶりに「分離」から「合一(ユニティ)」の時代へ移りつつあり、
2011年はそのシフトのピークにあたります。これは本当に大いなるイベントです。

「合一(ユニティ)」の世界では、人類の集合意識は三次元から五次元へシフトし、
そこでは自分と他の存在は一つです。

そこでは言葉は必要ではなく、私はあなたを通してあなたの意識がとらえるすべてを知ることができるし、
あなたも私を通して同じことができるようになります。

「分離」の時代に人々が感じていた、他のすべての存在から切り離されているという感覚は、
「合一(ユニティ)」の時代にはありません。

(ゲリー・ボーネル氏ホームページより転写・要約)


「分離」とは二元論的思考法により、生起されるものです。
「合一(ユニティ)」とは非二元論的思考法により生起されるものです。

三次元の意識とは個があるという感覚であり、
五次元の意識とは『自他不二』の感覚です。

他のすべての存在から切り離されている感覚(分離感覚)とは、
言語概念による二元論的思考法から生起します。

禅宗では不立文字(ふりゅうもんじ)、密教では言説不可得(ごんせつふかとく)といい、
言語概念を否定します。

「合一(ユニティ)」の感覚とは仏教では山川草木・悉皆成仏(さんせんそうもく・しっかいじょうぶつ)、
「仏を通してすべては一つ」の感覚です。

仏教は、日本人は、1500年も前にこの感覚を知っていました。
肉体が死を迎えると、アカシックレコードにその体験を記録するため戻ります。
そして49日の後に他の生き物(人物)として再生するのです。

アカシックレコードは、非物理的なもので、四次元五次元に存在する集合意識のフレーム構造の中にあります。
以前「合一(ユニティ)」の時代にあった時には、誰もがアカシックレコードを読むことができました (中略)

アカシックとはサンスクリット語で、虚空のことを言います。

弘法大師空海は虚空蔵求聞持法を修し、「谷が響き、金星が口の中に飛び込んだ」体験をしました。
その後抜群の記憶力を得ることができました。
アカーシャに入り情報を得てきたからでしょう。
彼は「宇宙は本箱だ。」と述べています。

またアカシックレコードには人類の集合意識が持つ叡智もすべて蓄えられています。
古の頃より、預言者や偉大な発見をした人々は、アカシックレコードから情報やインスピレーションを得ていました。
巨大なホストコンピューターにアクセスして、人類共有でありながら、
今はあまり活用されていない貴重な情報を得ることもできるのです。

私たち人間は肉体と意識体が重なった存在です。
意識体は輪廻し、ファイル(端末コンピュータ)であったときの体験を、
ホストコンピューターであるアカシックレコードに記録させます。

仏教では意識体を、マナ識(自己にこだわる心)、アーラヤ識(過去世にこだわる心)、
アマラ識(神=如来意識)と分けています。
深い瞑想や祈願をすることにより現世の意識はアマラ識まで浸透できます。
しかしマナ識が強いと深い情報は得られません。

それだけでなく、今この時にアカシックレコードにアクセスすることを実践するということは、
大いなるシフトに対する予行演習をするようなものです。

なぜかというと、アカシックレコードを読むために、
意識の状態をその次元へシフトする必要があるからです。

それには一人ぼっちだという感覚を手放し、批判や判断することを辞めなければなりません。
実践する中で、あなたは自分自身の内側に潜む葛藤に気づくことができるでしょう。
そして自分自身のアカシックを読むことで、その葛藤を手放すことも可能になります。

そうすることで大いなる「創造(クリエーション)」の中で、
魂としての存在であるあなたが、今どこにいて、どこへ向かっているのかさえも
知ることができるようになるでしょう。
そうなれば、はっきりと目覚めた状態でシフトを迎えることができるのです。


自分自身に潜む葛藤とは、アラヤ識に存在するカルマとの対面体験を指します。
深い瞑想に入ると、現世での体験だけでなく、過去世での葛藤も浮かび上がってきます。
瞑想中はその想いに入らずに、認めてあげることが必要です。葛藤は雲が流れるように静かに流れてゆきます。

大いなるシフトがあるかどうかは別として、私たちは間違いなく死という現場に出会います。
意識の状態を神意識に上昇させていないと、意識体がマナ識やアラヤ識を通過する段階で
多くの苦しみを体験することになります。
これを仏教では地獄体験(葛藤体験)と考えています。

アカシックレコードを読むこと、瞑想や読経による修行は、事前に葛藤体験を済ますことなのです。

虚空蔵求聞持法のマントラ

ノウボウ・アカーシャキャリバヤ・オンアリキャ・マリボリ・ソワカ