As above so below
下にあるものは 上にあるものの如し
  
As above so below



これは偽りのない真実、確実にしてこの上なく真正なことである。
唯一なるものの奇蹟を成し遂げるにあたっては、

下にあるものは 上にあるものの如く
上にあるものは 下にあるものの如し

万物が一者から、冥想によって生まれるが如く
万物はこの唯一なるものから適応によって生まれる。

太陽がその父であり 月がその母である。
風はそれを己の胎内に運び、大地が育む。
これが全世界の完成の原理である。

その力は大地に向けられるとき、完全なものとなる。
火から土を、粗雑なるものから精妙なるものを、ゆっくり巧みに分離せよ。

地上から天井へと登り、再び地上へと下って、
上なるものと、下なるものの力を、取り集めよ。

こうして汝は全世界の栄光を手に入れ、
すべての暗闇は汝から離れ去るだろう。

これはあらゆる力の中でも最強の力である。
なぜならそれはすべての精妙なものに打ち勝ち、
すべての個体に湿潤するからである。

世界はそのように創造された。

驚くべき適応はこのようにして起こる。
こうして私は全世界の三つのものを持つがゆえに、
ヘルメス・トリスメギストスと呼ばれている。

私が太陽の働きについて述べることは以上である。

密教と錬金術

密教は、その秘密を錬金術と同じ思考法で隠してきた。

錬金術のいう鉛から金への変容とは、どこにでもあるものから、貴重なるものへの変容を意味する。

探求者は、イニシュエーション(入門儀礼)を通過し、密教(オカルト)の世界に入って、
さまざまな素材をかき混ぜて、愚者が賢者に変容するのである。

認識が変ると、世界は変わるのだが、儀式性を通して得られる「エネルギー伝授」なしには、
この奇蹟は発現しない。

その際の要素として、密教は五大(地水火風空)と意識(霊性)をあわせた、
六大が喩伽していると説く!!


エメラルド・タブレット


アトランティス人トートが書いたとされる「エメラルド・タブレット」の序文には、名言が書かれている。

すべての象徴(シンボル)は、真理へと導く扉の鍵に過ぎないのである。

その鍵となるシンボルがあまりにも偉大なので、
それをさらに超えたものは見ることができないのである。

それゆえに、真理の扉は開かれないのである。


この文章と、般若心経・秘鍵の弘法大師空海の文章とを読み比べてみよう。

錬金術の考えは、エジプト起源と言われるが、密教の考え方はインド起源なのである。

密教では、下にあるものを「我」と呼び、上にあるものを「梵」と呼ぶ。
また万物は、色(形あるもの)と呼ばれ、一者は空(全体性)と呼ばれる。

光・生命・愛にたいする偉大な探求は物質界(胎蔵界)で始まり、
その究極目的にまで続けられる。

その最終目標は、宇宙意識(大日如来=内的太陽)との完全なる一体性である。

・・・密教では「われは大日如来なり」と宣言する・・・・