八十八ヶ所〜阿波発心の道場
徳島一国詣り

 by 一天

おそらく日本で一番お遍路さんで賑わう場所、それは徳島の中心地から電車やバスで約30〜40分の
板東という町の国道沿いにやや唐突に出現する一番札所霊山寺(りょうぜんじ)である。

   

かの弘法大師が21日間修法した際に霊験し自ら釈迦如来像を彫り、
そして天竺の霊山を日本に招聘し竺和山霊山寺と号し、一番札所になったといわれている。

まずは隣接する納経所・売店にてお遍路に必要で足りないものをGETした。
既に幾度かに分けて八十八ヵ所を巡礼中の両親に、去る年末年始にお供をし、
車で香川県〜愛媛県の札所を順不同に遍路したのが初めての四国八十八ヵ所体験である。

その際に納経帳や白衣、金剛鈴だけは購入していたので、今回はお遍路さん用の輪袈裟と
純白のさんや袋、金剛杖、菅笠を購入、これでコスチュームは出揃い、
見せかけだけでもいわゆる”お遍路さん”姿に仕上がったわけである。


参拝方法はお大師さんというより後世の巡礼者が整備していったのであろう、
一定の仕来たり(儀礼)が確立されている。

1.鐘楼があれば入り鐘を打ち鳴らす
2. 札(事前に願意を記載)を専用箱に献納
3. 本尊に燈明、線香、浄財を献納
4. 本堂で読経 〜懺悔文、十善戒、開経偈、般若心経、御本尊真言、光明真言、回向文
5. 大師堂(必ず隣接している)〜本堂同様で、御本尊としてお大師さんの御宝号
6. 納経帳に御本尊と寺号の墨書と印をいただく


   
       

札所と札所の間は最短で徒歩10分、最長で約27時間、八十八ヵ所一周で約1200kmに及び、
通し打ちという一気にすべてを遍路すると40日以上は要すという。
距離だけではなく標高差や山道、そして自身の脚力、身体力というハードルが立ちはだかり、
文字通り「言うは易し行うは難し」である。

聞くところによると、もともと霊場は八十八ヵ所以上存在しており、
数多い表現として「八十八」を使用していて、巡礼者が徐々に八十八ヵ所にセレクト整備をしていったとか。
また男四十二、女三十三、子供十三の厄年を合算して八十八にしたという説もある。
さらには真の霊場はお大師さんが霊的に封印しており実は裏八十八ヵ所が存在しているとかも・・・

ま、それはさておき、体力、気力ともに100%充填状態で軽やかな足取りで順調に2,3,4番と参拝した。
ひと番ひと番、趣があり、味わいがあり、長閑な遍路道がまたどこか懐かしい日本を感じさせる。
路傍にはサツキや椿、菖蒲やカキツバタ、藤の花々が優しく遍路人を迎えては癒してくれる。

      

調子に乗って5番まで来て気がついた。2番札所で納経を忘れたことを。
時すでに遅し。歩き遍路の場合は先に進むことで精一杯、後戻りは至極難儀なのである。
参拝の段どりに慣れない最初は特に要注意である。

1日目は6番を目標として、宿坊を予約しておいた。
所要約4時間の遍路初日となった。
6番は温泉山安楽寺、薬師如来が御本尊。
宿坊の長寿湯という薬湯が張り気味のふくらはぎを解してくれる。

      

食事の際に同席した物知りのおじさん(多分60歳前半)と話しを交わした。
実は昨年歩き遍路で34日で通し打ち結願し、今回は2週目というつわものだった。
1日平均40Km近く歩き続けたことになる。
お大師さんや守護霊のサポートなしでは達成できなかったであろう。
でもこの方の話を聞いているといとも容易く結願できるように勘違いしてしまう。

同席した隣のおばさんは、1〜6番で2日間、翌日も8番で宿を取っているという、
何とも極端にスローペースである。そう、でもこれで良いのである。
ひとりひとり自身の巡礼、ひとそれぞれのプロセスあってのゴールである。
2か月かかったらそれだけの重みや意味があるのである。


2日目は6番から11番までの道のり。
吉野川を挟んで対岸から対岸に散在する札所へ遍路する。

      

風光明媚な吉野川の広大な河原に架かる長く直線に伸びた沈下(潜水)橋は独特だ。
年に幾度となく水没するものの、逆に橋の造りはかなり丈夫に出来ているらしい。

確か高野山奥の院に行く道中の橋を渡る際に聞いた巡礼の慣習だが、
橋の上では杖をついてはいけないというもの。
それはお大師さんが巡礼中に宿がなくて橋の下で一夜を明かした際、
寒さで十夜にも勝る辛い思いをしたことから
休んでいるお大師さんを杖の音で妨げないように、との配慮からきた
慣わし禁忌になったというもの。

ちょっと意識をして渡ってみた。

      


11番藤井寺まで所要約6時間であった。

      

3日目の課題は遍路ころがしの山深い12番札所をどうクリアするかである。
11〜12番がコースタイム6時間、12〜13番がコースタイム7時間、
しかも宿が取れない状況にあった。

一方、今回の遍路の旅は区切り打ちである徳島一国詣りをなんとか23番まで結願したかった。
しかし限られた日数、全て歩き遍路をすると逆算して2日足りない。
苦渋の選択だったが、バスと電車の足を組み入れざるを得なかった。

険しい山道を何時間も登攀してきたお遍路さんを尻目にバスでワープして
一気に12番焼山寺の麓まで辿り着く。
それでもそこから往復3時間は登山である。

      

13番大日寺はバス亭前、そこからは17番井戸寺まで約3時間の再び歩き遍路。
これまで何とか持った天気がとうとう雨模様になってきた。
僧侶の差す蛇の目傘が目に入った。

ふとパラレル世界の自分を想った。
つい一週間前までのGWの計画はまるで違った。

今頃はアメリカアリゾナのセドナで地球の呼吸のヴォルテックス体験をしているはずだった。
エアー、ホテル、ランド手配全てキャンセルしたのは出発の3日前、
これもGW前に突如世界中のニュースを席巻した新型インフルエンザ(豚ちゃん)の御蔭?である。

それ以外にもブレーキをかける出来事はあった。お大師さんのお導きなのだろう。
今の自分に必要なのは日本のヴォルテックス体験なのだと。


   
          

4日目は朝から本降りの雨である。しかも気温はかなり低め。
レインカバーをしたザックを背負い雨合羽にすっぽり身をくるめひたすら歩兵のように歩き続けた。

18番から20番手前の民宿まで、起伏の多い国道沿い、交通量が多いうえダンプばかりと
歩き遍路泣かせのコースである。
景色が楽しめない分、内観タイムとなった。
自ずと光明真言のマントラ行を行っていた。「オンアボキャベイロシャノウ・・・」


5日目、朝まで激しく降り続いていた雨が出かけにはすっかり止み青空を見せ始めた。
この瞬間である。昨日の辛さがあったが故にこの瞬間を何倍にも歓びで味わうことができるのである。
天の仕掛け、そして粋な計らいに感謝である。
疲れた身体も気分次第で活力が戻り足取りも軽くなっている。

         

しかしここから20番鶴林寺を経て22番平等寺までは本格的な山登りである。
杉の巨木にホトトギスのさえずりが響き渡り、木々の間に垣間見る澄みきった青空と眩しい木洩れ陽、
そして汗ばんだ首筋に当たる涼風があまりにも心地良い。
これが歩き遍路の醍醐味なのであろう。

         

21番太龍寺は「西の高野山」と呼ばれ弘法大師が100日間の山岳修行を行った縁の地らしい。
とはいえ喜んで何日でも修行したくなるような素晴らしい波動のパワースポットである。
冬以外なら・・・ 平等寺まであっという間の7時間半だった。

         

宿は平等寺すぐ横の民宿「山茶花」。
洗濯機と乾燥機が無料で使用できるのはありがたい。溜まった洗濯物を一気に洗った。

食事時は宿泊者の皆さんとの楽しい情報交換タイムである。ひとり遍路の方々ばかりである。
一人は70代で今回は歩き遍路2週目、普段から時間があるとスキーや山登りをしているという
スーパー体力爺さんである。
ちなみに翌早朝起床時にはこのお爺さん既に宿を出発した後であった。

一人は60代で独り自転車遍路をしている方、一人は岩手から相当な覚悟と綿密な計画で来られている中年女性、
あと一人は遍路中に出会った人とつい話し込んでは毎度時間通りに札所間を歩けないという
ちょっと呑気なお人よし系のおじさん、等々、
それぞれのスタイルで学びの道場を体験学習されているのであろう。

お遍路の夜は早い、9時過ぎには、団体用と思われる30畳ほどもある大部屋で
一人贅沢に大の字になって寝た。


6日目、いよいよ徳島一国詣りの最終地点23番薬王寺に向け最後のお遍路が始まった。
素晴らしい晴天のなか山を越え、谷を渡り交通量の少ない静かな県道ルートを選び只管南下する。

         

最後の大きな峠を越えたら眼下に八十八ヵ所巡礼初めての海が出現する。
徐々に海は近づき海岸沿いの道となる。
大阪湾に繋がる紀伊水道とはいえ透明度はかなり高くブルーで美しい海の輝きと磯の香りは、
草臥れたお遍路に癒しと元気を与えてくれる即効薬となる。
車遍路ではこの感動は味わえないであろう。

         

絵になるような長閑な漁村を通り防風林の小道を抜けいよいよこの旅のクライマックスの地「日和佐」に入った。
ここ日和佐湾は海がめの産卵地として保護区にもなっているだけに、
この美しい砂浜の海岸線を見ているだけで産気付く妊婦もいるのでは(笑)。

名残惜しみつつ約6時間の行脚でとうとう終着地に到達。
海を見下ろす高台に23番薬王寺はその存在感を大きく見せつけている。
厄除けで知られ御本尊は薬師如来である。

    

象徴的なのはひときわ目立つ塔である。
上部三角屋根の五本の細長い小塔は五智如来の象徴、中央の円筒部は金剛界、
下部の四角はもちろん胎蔵界、金胎不二の一重塔なのである。
「オンアビラウンケンバザラダトバン」。

こうして阿波発心の道場、タロットでは「愚者」が歩む最初のステージは無事結願した。

    

発心(徳島)→修行(高知)→菩提(愛媛)→涅槃(香川)→如来(高野山)
21番の「世界」(=如来)を見上げて歩み始めたことは確かである。
如来になるまで後戻りはない。 合掌


 <あとがき>

巡礼という行為は実に良く出来た魂の修練システムだと思う。

ある人は「日常という現実から逃避するリフレッシュの旅」であり、
またある人は「神仏の加護を求める旅」でもある。
そしてある人は「山伏の修行のように験力を求める旅」でもあり、
さらには「自己の我や観念をリセットし擬死再生に繋げる旅」でもあったりする。

特に歩き遍路は、札所と札所の間を無心に歩き、大自然の営みを直に体感することで
五感が研ぎ澄まされていく。

道中、地・水・火・風・空という物質界の五つの種を体感することで
精神(識)が奮い起される。
これがいわゆる密教の重要な六大エレメントの実践なのである。

そして札所に着いては手を合わせ、お教や真言を口で唱え、
そして仏の心と一つになろうと一心に拝む、
つまり身密、口密、意密という、もうひとつの重要な密教の働きの「三密」を
知らずと実践しているのである。

八十八ヵ所巡りをしたからといって決して即悟りを得るということではない。
ただ菩提心を持ち、それを育み、自己や観念を解体し、そして意識の変革が行われ、
大なり小なり魂の成長に繋がることは間違いないであろう。

頭だけで理論を学んでいる皆さん、騙されたと思って
一度巡礼の旅に出かけてみてください。
何かが大きく音をたてて崩れるはずです。
これぞ弘法大師の仕掛けた巧妙な即身成仏への手引書なのかもしれません。


参考まで今回の歩き遍路に要した6泊7日の費用を
ざっくり記憶の範囲で紹介します。

(宿泊代) @6,000〜6,500 x 6泊 = 約38,000円

(交通費) 徳島県内のみ  バス+電車 約2,000円

(服装用品) 白衣2,100円 / 金剛杖1,900円 / 輪袈裟 1,900円 / 納経帳2,100円
        山谷袋(防水)2,100円 / 菅笠 1,600円 / 納め札・線香300円
        合計約12,000円

(総計)  約52,000円 + 食費約4,000円 + 四国までの交通費